- 著者: Eric Tran, Paul F. Robbins, Yong-Chen Lu, Todd D. Prickett, Jared J. Gartner, Li Jia, Anna Pasetto, Zhili Zheng, Satyajit Ray, Eric M. Groh, Isaac R. Kriley, Steven A. Rosenberg
- Corresponding author: Steven A. Rosenberg (Surgery Branch, National Cancer Institute, NIH, Bethesda, MD, USA)
- 雑誌: New England Journal of Medicine
- 発行年: 2016
- Epub日: 2016-12-08
- Article種別: Case Report (Brief Report)
- PMID: 27959684
背景
腫瘍浸潤リンパ球 (TIL: tumor-infiltrating lymphocytes) を用いた養子細胞療法は転移性メラノーマ患者の20-25%において持続的完全奏効を達成しており、その治療効果は体細胞変異由来のネオエピトープ (neoepitope) を認識するT細胞によって媒介されることが示されてきた。免疫チェックポイント阻害剤への臨床応答もネオエピトープ反応性T細胞が関与すると示唆されており (Le et al. NEnglJMed 2015)、固形がんにおける変異腫瘍抗原を標的とする免疫療法の臨床的有用性が広く認識されている。ネオアンチゲン指向T細胞療法の有効性は、転移性胆管癌患者においてERBB2IP変異エピトープを標的とするCD4+ T細胞輸注が35ヶ月に及ぶ腫瘍退縮を達成した症例で直接証明された (Tran et al. Science 2014)。さらに消化器癌患者群において変異体細胞抗原に対する内因性T細胞免疫原性が系統的に実証され、固形がんへの応用基盤が構築された (Tran et al. Science 2015)。
ドライバー変異はすべての腫瘍細胞でクローナルに発現し腫瘍進展に必須であるため、理想的な治療標的と考えられている。KRAS変異は消化器系がんの主要ドライバーであり、特にKRAS G12D (コドン12のグリシンからアスパラギン酸への置換) は膵癌の約45%・大腸癌の約13%に認められる最頻出変異である。しかし、数十年にわたる研究にもかかわらず、KRAS G12Dタンパク質を効果的に標的とする薬剤またはワクチンは存在しなかった。マウスモデルではHLA-A*11:01拘束性KRAS G12D/G12V反応性TCRが同定されていたが、臨床試験での有効性は未実証であった。
こうした背景において、ヒト大腸癌においてKRAS G12Dドライバー変異を標的とするCD8+ T細胞療法の臨床的有効性を直接示す証拠はこれまで手薄であった。また、ネオアンチゲン特異的T細胞療法に対する腫瘍の抵抗性メカニズム、特にMHCクラスI分子の喪失による免疫逃避の前向き臨床証拠は不足しており、本研究はこのgap in knowledgeを埋めることを目指した。
目的
転移性大腸癌患者 (Patient 4095) においてKRAS G12D変異特異的HLA-C*08:02拘束性CD8+ T細胞を腫瘍浸潤リンパ球からex vivoで同定・拡大培養して輸注し、養子細胞移入療法の抗腫瘍効果を評価する。さらに治療後に進行した病変の分子メカニズムを解析し、HLA LOH (loss of heterozygosity) による免疫逃避の発生を直接証明することを目的とした。
結果
輸注製品の組成と多機能エフェクター活性: 選択TIL培養から拡大した輸注製品は総細胞数1.48×10^11で、そのうち約75%にあたる1.11×10^11個がKRAS G12D反応性CD8+ T細胞であった (Fig. 1A)。これら細胞は4つの異なるTCRクロノタイプで構成され、上位3クロノタイプは輸注バッグ全体の49.5%・19.1%・6.9%を占め、4番目のクロノタイプは45位 (0.04%) に位置した。輸注前末梢血にはKRAS G12D反応性TCRは検出されなかった (頻度<0.0002%)。ICS (intracellular cytokine staining) フローサイトメトリー解析では、KRAS G12Dペプチド刺激後にCD8+ T細胞の98%がIFN-γ・TNF・IL-2の多機能エフェクターサイトカイン産生とCD107a脱顆粒を同時発揮することが確認された。患者の他の体細胞変異に対する反応性は検出されず、高い抗原特異性が示された。
臨床奏効 — 7つの全肺転移病変の退縮: 細胞輸注40日後の初回評価において7つすべての肺転移病変が退縮を示し、RECIST (Response Evaluation Criteria in Solid Tumors) 基準で部分奏効と評価された (Fig. 1B)。この奏効は9ヶ月間継続した。IL-2投与後の疲労を除き有害事象は認められず、患者は輸注2週間後に退院した。治療9ヶ月後に1病変 (lesion 3) のみ進行が確認されたため、VATSによる切除を実施し (同時にlesion 2も切除)、切除後4ヶ月時点で患者は臨床的無病状態を維持している。切除した奏効病変 (lesion 2) の病理組織学的解析では広範な壊死と生腫瘍細胞の消失が確認された。
TCRクローンのin vivo生着と選択的持続性: Deep sequencingによる動態解析では、輸注製品中で最も優勢なTRBV5-6AクロノタイプがDayN=40に末梢血から消失したのに対し (Fig. 2A)、残りの3つのKRAS G12D反応性TCRクローンは生着した。輸注9ヶ月後の末梢血ではこれら3クローンが全T細胞の10.4%・4.5%・0.005%を占め、TRBV10-02クローンが最も優勢に持続した。最大クロノタイプ (約7.3×10^10個輸注) の消失と小クローンの持続という逆説的パターンは、フローサイトメトリーのテトラマー解析でTRBV10-02クローンがCD28/CD57陽性・CD45RO+CD62L+セントラルメモリー表現型という分化度の低いサブセットを多く含むことと一致していた。進行病変内でのKRAS G12D反応性TCRの濃縮は末梢血と比較して認められなかった。
TCR特異性とペプチド認識感度: 4つのKRAS G12D反応性TCRを自己末梢血T細胞に形質導入し解析した結果、3つのTCRはKRAS G12D 9merペプチド (GADGVGKSA) を認識し、1つのTCRは10merペプチド (GADGVGKSAL) のみを認識した (Fig. 2B)。全TCRは野生型KRASペプチドには反応せず、KRAS G12D変異に高度に特異的であった。ペプチド滴定実験では自己PBMCに対して1 nMから10 nMの低濃度範囲でペプチドを認識し、高い機能的アフィニティーが示された。KRAS G12D陽性かつHLA-C08:02陽性の膵癌細胞株 (MDA Panc48、HPAC) は認識されたが、HLA-C08:02陰性の同細胞株は認識されず、HLA-C*08:02拘束性が確認された (Fig. 2C)。
進行病変におけるHLA-LOHを介した免疫逃避の直接証明: 進行病変 (lesion 3) のWES解析ではKRAS G12D変異は保持されており、標的抗原の喪失は進行の原因ではなかった。しかし染色体コピー数解析により、chromosome 6のcopy-neutral loss of heterozygosity (cnLOH) が同定された (Fig. 3、Fig. S5)。失われたchromosome 6コピーはHLA-C08:02アレルをコードしており、治療前腫瘍 (Tu-1) と進行病変 (Tu-Pro) におけるHLA-Cアレル頻度の比較ではHLA-C08:02アレルが有意に低下していた (Wilcoxon matched-pairs signed-rank test, p<0.001)。Tu-1はおよそ53%の腫瘍細胞含有量、Tu-Proは34%であり、正常細胞の混在を加味しても進行病変でのHLA-C08:02喪失は明確であった (Fig. 3)。この結果は、輸注KRAS G12D特異的T細胞の腫瘍認識に必須であるHLA-C08:02提示分子の遺伝的喪失が直接的な免疫逃避メカニズムであることを実証した。
考察/結論
本報告は、「undruggable (薬剤標的不能)」とされてきたKRAS G12Dドライバー変異を標的とするHLA-C*08:02拘束性CD8+ T細胞の養子細胞移入療法が転移性大腸癌の複数肺転移に対して客観的奏効を誘導し得ることを本研究で初めて示した症例報告である。さらに治療抵抗性病変の分子解析により、MHCクラスI提示分子の遺伝的喪失という直接的な免疫逃避メカニズムを前向き臨床検体で証明したことは、これまで報告されていない新規の知見である。
先行研究との違いとして、これまでの養子TIL療法の臨床的成功例はほぼメラノーマ (20-25%の持続的完全奏効) に限定されており、消化器癌においてKRASのようなドライバー変異を高純度に標的とした養子細胞療法が多病変にわたる全身的奏効を達成した報告は既報にはなかった。単一ドライバー変異のみを標的とした細胞製品 (輸注細胞の75%) が7つの全転移病変を退縮させた点も、これまでの研究と異なる特徴である。また本研究とは対照的に、別患者 (Patient 3995) でKRAS G12D反応性T細胞の輸注割合がわずか0.002%であった場合には奏効が得られなかったことから、輸注製品内の特異的T細胞の絶対数が奏効の鍵であることが示された。
本知見の臨床応用への橋渡しとして、HLA-C*08:02はアメリカ白人の約8%・黒人の約11%に保有されており、KRAS G12Dは膵癌の約45%と大腸癌の約13%に発現するため、米国だけでも年間数千人の患者がKRAS G12D標的TCR遺伝子導入T細胞療法の潜在的対象となる。加えて、別患者 (Patient 3995) のKRAS G12D特異的TCRが本患者のTCRとTCR α鎖CDR3配列を共有していたことは、いわゆる「public T細胞応答」の存在を示唆し、個別化ではなく既製品 (off-the-shelf) 型TCR療法開発の臨床的意義を裏付ける。
残された課題として、HLA-LOHによるMHC喪失型免疫逃避への対策が最重要の今後の検討課題である。具体的には、残存するHLAクラスIアレルが提示する別エピトープへの多重標的化、CD4+ T細胞や自然免疫との組み合わせによるMHC非依存的殺傷機構の動員、HLA-LOHをバイオマーカーとしてモニタリングしながら治療変更の意思決定に活用することが考えられる。また、4クロノタイプ中で最多輸注のTRBV5-6A (約7.3×10^10個) が40日後に消失した一方でセントラルメモリー表現型のTRBV10-02クローンが9ヶ月後も10.4%を維持したことは、T細胞製品の分化ステージが持続性を左右する重要因子であることを示唆しており、更なる検討を要する。本報告はn=12の転移性消化器癌患者を対象とした試験の1例であり、得られた知見のより広い患者集団への一般化、KRAS G12V等の他変異体・他HLA型への治療適用拡大を図ることが今後の展望である。
方法
本研究は転移性固形がん患者を対象にネオエピトープ特異的TILの養子細胞移入の有効性を検討する第2相臨床試験 (NCT01174121) の1症例の記録である。対象は50歳女性の転移性大腸癌患者 (Patient 4095) で、肺転移のみが進行中であった。計10病変のうち3病変をVATS (video-assisted thoracoscopic surgery) で切除し、複数の腫瘍断片から24個のTIL培養を樹立した。切除腫瘍はwhole-exome sequencing (WES; 中央値シーケンス深度128、131、163) およびtranscriptome sequencingに供し、発現している体細胞変異を網羅的に同定した。
各TIL培養はすべての同定変異ネオエピトープへの反応性をスクリーニングし、KRAS G12D特異的CD8+ T細胞の頻度が最高の培養 (培養番号6) を治療用に選択した。選択培養は2週間のrapid-expansion procedureで拡大培養した。細胞輸注前の非骨髄破壊的リンパ球枯渇前処置として、シクロホスファミド (cyclophosphamide) 60 mg/kg×2日間、フルダラビン (fludarabine) 25 mg/m²×5日間を投与後、拡大TILを単回輸注した。輸注後にはIL-2 (インターロイキン-2) 720,000 IU/kgを5回投与したが、患者の疲労のため投与が制限された。
T細胞クローンのin vivo動態追跡には、輸注製品・治療前3病変・進行病変・治療前後の末梢血からゲノムDNAを抽出し、TCR β鎖可変領域のdeep sequencing (Adaptive Biotechnologies) を実施した。同定された4つのKRAS G12D反応性TCRはMSGV1レトロウイルスベクターにクローニングし、自己末梢血T細胞に形質導入後、KRASペプチド (9mer/10mer) およびHLA-C*08:02発現の有無が異なるKRAS G12D陽性膵癌細胞株との共培養にて、IFN-γ ELISPOTアッセイおよびフローサイトメトリー (4-1BB/OX40) で反応性を評価した。進行病変の染色体コピー数異常はSequenzaソフトウェアにより解析し、HLA-Cアレル頻度の比較にはWilcoxon matched-pairs signed-rank testを用いた (n=1)。