- 著者: Luis Castelo-Branco, Judit Balogh, Marco Campione, Alexei Chumachenko, Karin Holmskov, Sadia Israr, Anuradha Mukherjee, Stéphane Oudard, Laurie Stevenson, Giuseppe Tarantino, Narmeen Usman, Roel Verkooijen, Aude L Racin-Leterme, Thibault Fabacher, Jonathan Biton, Damien Cuzin, Jean-Baptiste Vaissière, Nicolas Gonin, Clément Gaudin, Aurélie Masseboeuf, Laurence Collet, Annick Metrich, Marie Renard, Guillaume Bernas, Antoine Veyrat-Follet, Marc Peeters, Manon Vandenberghe, Nathalie Marin-Müller, Meredith M Regan, Barbara Schiltz, Fabrice André, Jean-Yves Blay, Thomas Grambsch, Xavier Mallet
- Corresponding author: Luis Castelo-Branco (NOVA National School of Public Health, NOVA University, Lisbon, Portugal)
- 雑誌: ESMO Open
- 発行年: 2023
- Epub日: 2023-01-03
- Article種別: Original Article
- PMID: 36640544
背景
免疫チェックポイント阻害薬 (ICI) は、進行非小細胞肺癌 (NSCLC) の治療成績を劇的に改善し、標準治療としての地位を確立した。特に、抗PD-1抗体や抗PD-L1抗体は、主要な第III相臨床試験を通じてその有効性が示されてきた。しかし、これらのピボタル試験は厳格な患者選択基準を設けており、高齢者 (70歳以上)、ECOG PS (Eastern Cooperative Oncology Group performance status) 2以上の患者、活動性脳転移を有する患者、自己免疫疾患 (AID) の既往がある患者、HIV感染患者、固形臓器移植後の患者といった「特殊集団」は、安全性と有効性に関するエビデンスが不足しているため、多くの場合、組み入れが除外されてきた。
これらの特殊集団におけるICIの適用可能性については、実臨床データを用いたレトロスペクティブコホート研究が報告されており、ICIがこれらの患者群にも適用されうる可能性を示唆している。しかし、これらの研究は主に患者のアウトカムに焦点を当てており、実際の臨床現場で腫瘍医がICI単剤療法を特殊集団に適用する際に直面する具体的な課題や知識ギャップ、意思決定プロセスに関する主観的な認識を体系的に評価した研究はこれまで未解明であった。
特に、以下の主要な知識ギャップが指摘されている。(1) 腫瘍内科医の主観的な認識や実臨床での判断パターンを構造化された質問票で評価する研究が不足していたこと。(2) 高齢者、PS不良、脳転移、AID、HIV感染、固形臓器移植後患者など、複数の特殊集団を横断的に評価し、包括的な知識ギャップマップを作成する試みが不足していたこと。(3) ESMO、ASCO、NCCNなどの主要なガイドラインの推奨事項が、実臨床でどの程度浸透し、適用されているかについての評価が未確立であったこと。(4) 将来の教育介入やガイドライン改訂の優先順位を決定するために必要な、現場医師のニーズに基づいたエビデンスが不足していたこと。
先行研究において、Sung et al. CACancerJClin 2021 はNSCLCが世界的ながん死因の主要な要因であることを示し、Planchard et al. AnnOncol 2018 は実臨床における治療ガイドラインの重要性を強調している。さらに、Sun et al. Immunity 2018 はPD-L1チェックポイントの制御機構と治療反応予測の難しさを論じているが、実臨床の医師が抱く主観的な課題感や知識ギャップを定量化した国際サーベイ研究は不足しており、臨床現場における意思決定のばらつきを解消するためのアプローチは未確立のままであった。本研究は、これらの知識ギャップを埋めることを目的としている。
目的
本研究の目的は、NSCLC患者に対するICI単剤療法の臨床実践において、国際的な腫瘍内科医が直面する課題と知識ギャップを構造化されたオンラインサーベイを通じて定量的に評価することである。具体的には、以下の点を明らかにする。
- 特殊集団における知識ギャップの特定: 高齢者、ECOG PS不良患者、脳転移患者、自己免疫疾患患者、HIV感染患者、固形臓器移植後患者など、特定の特殊集団におけるICIの安全性と有効性に関するエビデンスの認識度と、それらの患者群へのICI適用に関する臨床的不確実性をマッピングする。
- irAE管理プロトコールの理解度評価: ICIに関連する免疫関連有害事象 (irAE) の種類と重症度に応じた治療中止、再投与の判断基準、およびirAE管理プロトコールに関する医師の知識と実践のばらつきを評価する。
- PD-L1発現に基づく治療選択の判断パターン解析: PD-L1 TPS (tumor proportion score) の発現レベルに基づいたICI単剤療法の選択における医師間の判断の不確実性やばらつきを分析する。
- 将来の研究および教育介入の優先事項特定: 腫瘍内科医が、ICI単剤療法に関するさらなるエビデンスが必要であると考える領域、特に治療反応予測因子、治療期間、腸内細菌叢の影響、ステロイド併用などのトピックについて、将来の前向き臨床研究や教育介入で優先的に取り組むべき事項を特定する。
これらの目的を達成することで、NSCLC患者に対するICI単剤療法の最適な臨床実践を支援し、将来の臨床研究および教育プログラムの方向性を導くための具体的なエビデンスを提供することを目指す。
結果
回答者の属性と臨床背景: 合計221件の回答が収集され、そのうち106件 (48%) が最終解析の有効回答として採用された (Table 1)。有効回答者の内訳は、腫瘍内科医が66% (n=70)、呼吸器内科医が23% (n=24) であった。回答者の64%が男性であり、半数 (50%) が36歳から50歳であった。地域別では欧州からの回答が最も多く80% (n=85) を占め、次いで北米が12% (n=13) であった。所属施設はアカデミックセンターが50% (n=53)、がんセンターが28% (n=30) であった。ICIを用いたNSCLC患者の治療経験年数は、76%が5年以上と回答した。
高齢者およびECOG PS不良患者における意思決定: 70歳以上の高齢者患者へのICIの安全性と有効性については、74%の医師が若年患者と同等であると考えていたが、このトピックに関するエビデンスには重要なギャップがあるとも認識されていた (Figure 1A)。ECOG PS 2-3の患者へのICI使用に関しては、63%の医師が重要なエビデンスギャップがあると回答した。ECOG PS 0-2の患者には94%がICI治療に同意したが、ECOG PS 3の患者には36%が、ECOG PS 4の患者にはわずか6%しか治療を考慮しないと回答した。
脳転移患者への適応判断: 脳転移患者へのICI適応についても不確実性が高く、特に症候性脳転移患者への治療には30%の医師しか同意しなかった (Figure 1B)。一方で、無症候性脳転移患者に対しては81%がICI単剤療法が有効である可能性を認識していた。
自己免疫疾患 (AID) 患者への対応: 既存のAID患者へのICI適用に関して、特に活動性AID患者への対応と免疫抑制剤使用中の患者管理において、大きな知識ギャップが示された (Figure 1A)。回答者の約60%が活動性AID患者へのICIを「禁忌」と回答した一方、非活動性AID患者に対しては約77%がICI適用を考慮すると回答した。また、74%の医師がAID患者における安全性プロファイルは非AID患者より不良であると考えていたが、65%は同等の有効性が得られると考えていた。
HIV感染患者および固形臓器移植後患者へのアプローチ: HIV感染NSCLC患者および固形臓器移植後患者へのICIに関しては、回答者の多くが臨床経験の不足を反映した回答を示した。制御されたHIV感染患者 (CD4陽性細胞数 > 250 cells/microliter かつウイルス量検出限界以下) に対しては、約60%がICIの安全性と有効性が同等であると考えていたが、非制御HIV感染患者については半数近くの医師 (安全性で50%、有効性で52%) が不確実であると回答した。固形臓器移植後患者へのICI治療は、心臓 (69%)、肺 (67%)、肝臓 (59%) 移植患者では大多数が拒否したが、腎臓移植患者では42%が治療を考慮しないと回答したに留まった。
併用薬の影響と腸内細菌叢: ステロイドの併用がICIの有効性を低下させる閾値について、1日あたりプレドニゾン換算で0-10 mgと回答した医師が37%、11-30 mgが34%、> 30 mgが11%であり、15%は不明と回答した。また、48%の医師が抗生物質がICIの有効性を低下させる可能性があると考えており、61%が腸内細菌叢の調整がICIの有効性を高める戦略となりうると考えていた。
治療期間と非典型的な反応: 治療期間に関して、病勢安定 (90%)、部分奏効 (85%)、完全奏効 (72%) のいずれのシナリオにおいても、回答者の大多数が24ヶ月未満での治療中止に同意しなかった。また、非定型的反応に関して、回答者の62%がHPD (hyperprogressive disease: 急速な腫瘍増大を示す超進行) の診断経験があり、81%がPPD (pseudoprogression: 治療初期の一時的な腫瘍増大を示す擬似進行) の診断経験があると回答した。
irAE管理と再治療基準: 重度の毒性による治療中断後、別のICIへの切り替え (例: 抗PD-1抗体から抗PD-L1抗体、またはその逆) に62%の医師が同意しないと回答した。また、Grade 2のirAE発生後の再治療可能性について、約30%の医師が再治療不可と回答し、ガイドラインの普及に課題があることが示された。
将来の研究優先事項: 腫瘍内科医が最も重要な課題として挙げたのは、治療反応予測因子の同定 (63%) であった (Figure 1C)。次いで、脳転移の治療、治療期間の短縮、腸内細菌叢の影響、ステロイドの併用が、将来の前向き臨床研究で優先的に取り組むべきトピックとして挙げられた。
エビデンスとの比較における主要指標: 本サーベイの背景となる先行臨床試験データとの比較において、例えばCheckMate 153試験における1年固定投与と継続投与の比較では、PFS中央値が24.7 vs 9.4 months、HR 0.56 (95% CI 0.37-0.84, p<0.001) であり、OS中央値でもHR 0.62 (95% CI 0.42-0.92, p<0.001) と継続投与群で有意な延長が示されている (Table 2)。このような強固な臨床データが存在するにもかかわらず、本サーベイでは多くの医師が治療中止基準や最適な治療期間に関して依然として不確実性を抱いている実態が浮き彫りとなった。
考察/結論
先行研究との違い: 本サーベイ研究は、NSCLC患者に対するICI単剤療法の臨床実践における腫瘍内科医の認識と経験を定量的に評価した点で、これまでの臨床試験やレトロスペクティブ研究と対照的である。リアルワールドのレトロスペクティブコホート研究は、特定の患者集団におけるICIのアウトカムに関するエビデンスを提供してきたが、本研究は、それらのエビデンスが実際の臨床現場でどのように解釈され、医師の意思決定に影響を与えているかという「知識の翻訳ギャップ」を可視化した。
新規性: 本研究は、ESMOと連携して実施された国際サーベイとして、高齢者、PS不良、脳転移、自己免疫疾患、HIV感染、固形臓器移植後患者といった8つの特殊集団を横断的に評価し、包括的な知識ギャップマップを本研究で初めて作成した。これにより、ガイドラインの推奨事項と実臨床における医師の判断との乖離が浮き彫りとなった。
臨床応用: 本研究の結果は、NSCLC領域における医師向けのCME (continuing medical education: 継続医学教育) プログラムの設計において、優先的に取り組むべき領域を明確に提示する。特に、特殊集団へのICI適応基準、irAEの管理プロトコール、ICI再治療のタイミングと基準に関する教育ニーズが高いことが示された。これは、ガイドラインの普及促進戦略を策定するための具体的な根拠を提供し、多職種連携チームとの連携プロトコール開発を支援する臨床的有用性を持つ。
残された課題: 本研究のlimitationとして、自己申告型のサーベイであるため回答バイアスや選択バイアスが避けられないこと、また有効回答者数 (n=106) が中規模であり、詳細なサブグループ解析の統計的検出力が限定的であることが挙げられる。今後の検討課題として、特殊集団に関する前向きレジストリデータの蓄積や、自己免疫疾患患者におけるICI使用基準を検証する前向き介入試験の実施が必要である。
本研究に関連する先行知見として、Spigel et al. JThoracOncol 2019 は高齢者やPS不良患者を含む広範な集団におけるニボルマブの安全性を報告しており、Middleton et al. LancetRespirMed 2020 はPS 2の患者におけるペムブロリズマブの有効性を示している。さらに、Goldberg et al. LancetOncol 2020 は脳転移を有する患者における長期的なアウトカムを提示している。これらのエビデンスと本サーベイで示された医師の認識とのギャップを埋めることが、今後の重要な課題である。
方法
研究デザイン: 本研究は、国際的なオンライン横断型サーベイ研究 (cross-sectional survey study) として実施された。多国籍研究ネットワークであるOncodistinctおよび共同研究センターとの連携のもと、研究デザインおよび質問票の作成が行われた。本研究はサーベイ研究であるため、ClinicalTrials.govなどの臨床試験登録 (NCT番号) や特定の臨床試験ID (Clinical Trial ID) は取得していない。
対象者: NSCLC患者の診療経験を有する腫瘍内科医および呼吸器内科医を対象とした。ESMO (European Society for Medical Oncology) の会員データベース、およびソーシャルメディアを通じて参加者を募集した。最終解析の対象者は、質問票を完全に回答し、かつICIを用いて20人以上のNSCLC患者を治療した経験を持つ医師に限定された。
サーベイ構成: 質問票は35問の構造化された質問で構成され、Likert尺度による同意度評価、多肢選択式、自由記述式の質問が含まれた。質問内容は以下の主要なトピックに焦点を当てた。
- 回答者属性: 地域、経験年数、所属施設の種類 (アカデミックセンター、地域病院、がんセンターなど)。
- 臨床シナリオベースの判断: 特定の臨床シナリオにおけるICI単剤療法の適応判断。
- 知識確認問題: irAE後の再治療基準、特殊集団におけるICIの安全性と有効性に関するエビデンスベースの知識。
- 教育ニーズ評価: ICI単剤療法に関するさらなる情報や教育が必要な領域。
主要評価項目 (Primary Endpoints): (a) 特殊集団の各カテゴリーにおける臨床的不確実性スコア。 (b) irAE管理プロトコールおよび特殊集団に関する知識の正答率。 (c) 将来の臨床研究および教育介入で優先的に取り組べきと回答された領域。
統計解析 (Statistical Analysis): 回答は記述統計学的手法を用いて集計され、頻度と割合 (%) で示された。質問票の作成にあたっては、2019年5月から8月にかけて、専門家グループ (n=12) による2回のパイロットテストが実施され、質問の妥当性と明確性が検証された。サーベイは2019年9月から2020年2月まで実施された。グループ間の回答比較において、カテゴリ変数に対してはカイ二乗検定 (chi-square test) やフィッシャーの正確確率検定 (Fisher exact test) が用いられた。