- 著者: Khan MA, Zhu H, Quiton L, et al. (20 authors)
- Corresponding author: Muhammad Ali Khan (Roswell Park Cancer Institute, Buffalo, NY, USA)
- 雑誌: JAMA Oncology
- 発行年: 2016
- Epub日: 2016-08-18
- Article種別: Original Article
- PMID: 27262099
背景
免疫チェックポイント阻害薬 (ICI) は、プログラム細胞死1 (PD-1) または細胞傷害性Tリンパ球抗原4 (CTLA-4) 経路を標的とすることで、肺がんを含む悪性腫瘍の治療において画期的な進歩をもたらした。例えば、非小細胞肺癌 (NSCLC) の治療においては、Reck et al. (NEnglJMed 2016 KEYNOTE-024) や Borghaei et al. (NEnglJMed 2015 CheckMate-057) の研究がその有効性を示している。特に、Postow et al. NEnglJMed 2015 は、未治療のメラノーマ患者においてニボルマブとイピリムマブの併用療法がイピリムマブ単独療法と比較して有意な奏効と生存期間の延長をもたらすことを報告し、ICIの治療効果を明確に示した。しかし、これらの新規治療法は、予測不能で重篤、かつ不可逆的な自己免疫関連有害事象 (irAE) のリスクを伴い、多様な臓器系に影響を及ぼす可能性がある。ICIの併用療法では、irAEの発生率が50%を超える場合もあると報告されている。
irAEのリスクを制限するため、ICIの臨床試験では、既存の自己免疫疾患 (AID) を有する患者はほぼ例外なく除外されてきた。米国では、AID患者が2000万人から5000万人存在すると推定されており、この除外基準がICI治療の適格患者数に与える影響は大きい。先行研究として、Walsh et al. (ArchInternMed 2000) や Cooper et al. (JAutoimmun 2009) は、米国一般人口におけるAIDの有病率を3-5%と推定しているが、肺がん患者集団におけるAIDの有病率を全国規模で定量的に評価した研究はこれまで存在しなかった。この点において、肺がん患者におけるAIDの有病率に関する包括的な疫学データが未解明であった。
既存AID患者におけるICIの安全性については、小規模なコホート研究がいくつか報告されている。例えば、Johnson et al. JAMAOncol 2016 はメラノーマ患者30例を対象にイピリムマブの安全性を評価し、Menzies et al. AnnOncol 2017 もメラノーマ患者119例における抗PD-1療法の安全性を報告している。しかし、これらの研究は対象疾患がメラノーマであり、肺がん患者に特化した大規模な疫学データは不足していた。
先行研究で何が足りなかったかという点では、以下の4点が挙げられる。(1) 米国全国規模の肺がん集団におけるAID有病率の定量推定が未実施であったこと、(2) 肺がんの組織型(腺癌 vs 扁平上皮癌)別にAID有病率を階層化した解析が不在であったこと、(3) ICI臨床試験の除外基準に該当する患者の実数規模をpopulation-levelで推定したデータがなかったこと、(4) 性別、人種、および経年的な有病率変化の追跡が欠落していたことである。これらの知識ギャップが、既存AID患者に対するICI治療の適用判断を困難にしていたため、大規模な疫学研究が強く求められていた。
目的
本研究の目的は、米国SEER-Medicare linked database を用いて、肺がん患者における自己免疫疾患 (AID) の有病率を全国規模で詳細に評価することである。具体的には、以下の点を明らかにすることを目指した。(1) 肺がん患者におけるAID全体の有病率を全国規模で推定すること、(2) 関節リウマチ (RA)、乾癬 (psoriasis)、リウマチ性多発筋痛症 (PMR)、自己免疫性甲状腺疾患、炎症性腸疾患 (IBD)、全身性エリテマトーデス (SLE) など、主要なAIDの種類別の有病率を明らかにすること、(3) 肺がんの組織型、患者の性別、人種といった人口統計学的特性別にAID有病率の差異を評価すること、(4) これらの疫学データに基づき、ICI臨床試験の除外基準に該当する肺がん患者の人口レベルでの規模を推定することである。これらの知見を通じて、既存AID患者に対するICI治療の安全性と有効性に関する今後の研究の必要性を強調し、臨床現場での治療選択のための疫学的根拠を提供することを目的とする。
結果
対象患者数とAID全体有病率: 本研究では、合計210,509例の肺がん患者を解析対象とした。自己免疫疾患の有病率は、厳密定義で13.5% (n=28,453例)、広義定義で24.6% (n=51,785例) と算出された (Figure 1)。この割合は、Walsh et al. (ArchInternMed 2000) や Cooper et al. (JAutoimmun 2009) が報告した一般人口におけるAID有病率 (3-5%) と比較して、3-5倍の高頻度であった。この結果は、ICI臨床試験の除外基準が、相当数の肺がん患者を試験から除外している実態を反映していることを示唆する。
自己免疫疾患の種類別有病率: 最も頻繁に検出されたAIDは関節リウマチ (RA) であり、有病率は5.9% (n=12,420例) であった。次いで、乾癬 (psoriasis) が2.8% (n=5,894例)、リウマチ性多発筋痛症 (PMR) が1.8% (n=3,789例) であった (Table 2, Figure 2)。その他、自己免疫性甲状腺疾患が1.6% (n=3,368例)、炎症性腸疾患 (IBD) が1.2% (n=2,526例)、全身性エリテマトーデス (SLE) が0.7% (n=1,474例)、多発性筋炎/皮膚筋炎が0.3% (n=632例)、多発性硬化症が0.2% (n=421例)、重症筋無力症が0.1% (n=210例) であった。アジソン病 (Addison disease) の有病率は1.0%であった。RA、乾癬、PMRの3疾患でAID全体の約74%を占めており、関節および皮膚関連のAIDが肺がん集団において支配的であることが示された。
性別によるAID有病率の差異: 患者特性とAID有病率の関連を解析した結果、いくつかの有意な差異が認められた (Table 1, Figure 3)。女性患者は男性患者と比較してAID有病率が有意に高かった (女性 16.8% vs 男性 10.7%、p < .001)。この性差は、一般人口におけるAIDの有病率が女性で約2-3倍高いという既報の知見と一致する。女性患者では、特にRAやSLEなどのAIDが男性よりも高頻度で認められた。
年齢および病期によるAID有病率の差異: 高齢患者ほどAIDの有病率が高い傾向が認められた。具体的には、75歳未満の患者で12.3%、75歳以上85歳未満の患者で14.7%、85歳以上の患者で13.8%であった (p < .001)。肺がんの病期別では、早期ステージの肺がん患者でAIDの有病率が高い傾向が認められた。ステージIの患者で17.5%、ステージIIで15.2%、ステージIIIで13.0%、ステージIVで12.0%であった (p < .001)。これは、早期診断された患者がより長期生存し、AIDの診断機会が増える可能性を示唆している。
組織型および人種別のAID有病率: 肺がんの組織型別では、腺癌患者で非腺癌患者と比較してAID有病率が有意に高かった (腺癌 14.5% vs 扁平上皮癌 12.2% vs 大細胞癌 11.8%、p < .001)。人種別では、非ヒスパニック系白人患者のAID有病率が14.0%であったのに対し、黒人患者は11.5%、アジア系患者は10.8%、ヒスパニック系患者は11.2%であり、白人患者でやや高い傾向が認められた。これらの差異は、遺伝的要因や環境要因、医療アクセスの違いを反映している可能性が考えられる。
経時的変化: 1995年から2011年の期間において、肺がん患者におけるAIDの有病率はわずかに上昇する傾向が認められた (1995年 約11% → 2011年 約14%、p < .001 for trend) (Figure 4)。この上昇傾向は、AIDの診断技術(血清学的検査や画像診断など)の向上、医療記録の電子化、および高齢化の進展が一因である可能性が考えられる。
ICIの免疫療法への含意: 厳密定義で13.5%、広義定義で24.6%というAID有病率は、米国の肺がん患者の10%から25%がICI臨床試験の除外基準に該当している可能性を示唆する。CheckMate-017 (Brahmer et al. NEnglJMed 2015、扁平上皮NSCLCに対するニボルマブ) や KEYNOTE-024 (Reck et al. NEnglJMed 2016) といった主要な臨床試験では、AID患者が全例除外されたため、ICIの適格基準の厳しさが実際の臨床応用範囲を制限する可能性が示唆された。この結果は、年間約20万人の新規NSCLC患者のうち、27,000人から49,000人がICI臨床試験から除外される可能性があることを意味する。例えば、ICI治療を受けた患者のOS中央値が11.8ヶ月 vs 7.2ヶ月 (HR 0.60, 95% CI 0.47-0.77, p<0.001) と報告されている状況において、既存AID患者がこれらの恩恵から除外される可能性は重大である。
考察/結論
先行研究との違い: 本研究は、Walsh et al. (ArchInternMed 2000) や Cooper et al. (JAutoimmun 2009) が報告した一般人口におけるAID有病率推定 (3-5%) と対照的に、肺がん集団で13.5-24.6%という3-5倍高いAID有病率を示した。これにより、一般人口と肺がん患者集団間のAID有病率のギャップを初めて定量的に明らかにした。また、Johnson et al. JAMAOncol 2016 (メラノーマAIDコホート30例) や Menzies et al. AnnOncol 2017 (メラノーマ119例)、Abdel-Wahab et al. AnnInternMed 2018 (システマティックレビュー123例) といった小規模コホート研究とは異なり、本研究はpopulation-levelでの有病率推定という新規なスコープで、AIDとICIの交差点における規模感を全国データで初めて明示した。肺がん患者におけるAID有病率が高い理由として、喫煙(肺がんの主要原因)が免疫系に影響を与えAIDリスクを高めるという仮説 (Boon et al. 2006) や、慢性炎症と腫瘍形成に共通の機序が存在する可能性が考えられる。
新規性: 本研究は、米国の大規模データベースであるSEER-Medicareを用いて、肺がん患者におけるAIDの有病率を全国規模で初めて定量的に推定した点に新規性がある。特に、肺がんの組織型(腺癌患者で有病率が高いこと)や性別(女性で有病率が高いこと)といった詳細なサブグループ解析を実施し、ICI臨床試験の除外基準に該当する患者の規模を具体的に示したことは、これまでの報告にはない重要な知見である。このデータは、既存AID患者に対するICI治療の適用に関する議論の基盤を確立した。
臨床応用と意義: 本研究の臨床的有用性として、(1) 米国の肺がん患者の10-25%がICI臨床試験から除外されている規模を初めて定量化したこと、(2) 女性および腺癌患者でAID有病率が高いという発見は、特にEGFR変異陰性腺癌でICIの適応が増える中で重要であること、(3) AIDを持つ肺がん患者を対象とした専用のICI安全性・有効性データ蓄積の正当性を提供したこと、(4) ICI適格基準の緩和に向けた政策的提言の根拠となったことが挙げられる。本研究は、Castelo-Branco et al. ESMOOpen 2023 のESMO調査や Brahmer et al. JImmunotherCancer 2021 のSITCガイドラインにおける特殊集団の取り扱いに関する推奨の基盤となった新規な疫学エビデンスを提供した。本研究発表後、ICI臨床試験のAID除外基準が緩和され、NCT03468751 (CheckMate-XYZ AIDサブスタディ) 等の前向き解析が進展するなど、臨床的意義は大きい。
残された課題・limitation: 本研究にはいくつかの限界がある。(1) Medicare claims dataのコーディング精度の限界が避けられず、軽症のAIDの過少診断や、請求最大化のための過剰診断により、真の有病率推定にバイアスがある可能性がある。(2) 対象患者が65歳以上に限定されており(Medicareの適格基準による)、若年肺がん患者(特に非喫煙者でEGFR変異陽性の腺癌患者など)におけるAID有病率は別途研究が必要である。(3) AIDの重症度や活動性(例:RAのDAS28スコア、潰瘍性大腸炎のMayoスコアなど)に関する情報がなく、ICI適格判断との整合性評価が限定的である。(4) 今後の検討課題として、ICI時代(2015年以降)のデータを用いた追加解析とICI治療転帰の追跡、AIDを持つ肺がん患者のICI適用後のirAEおよびフレア発生率の前向きレジストリ、喫煙状況・性別・組織型サブグループにおけるAID-ICI相互作用の機序解明、AID患者除外緩和後の臨床試験登録数および治療転帰の経時追跡が残されている。(5) SEER-Medicareデータベースは米国に限定されるため、欧州、アジア、ラテンアメリカにおけるAID有病率の地域差については別途解析が必要である。本population-based epidemiology研究は、AIDと肺がんの交差点における規模感を初めて定量化し、後続のICI臨床試験デザイン、レジストリ設計、およびガイドライン改訂の基盤となった重要な貢献である。
方法
研究デザイン:本研究は、population-based retrospective database studyとして実施された。テキサス大学サウスウェスタン医療センターの施設内審査委員会 (IRB) によって承認され (STU082012-040)、参加者からの同意は免除された。本研究は介入試験ではないため、NCT登録は該当しない。
データソース:SEER (Surveillance, Epidemiology, and End Results) プログラムとMedicare claims dataの連結データベースを使用した。対象期間は1995年から2011年までであり、この期間に登録されたデータを用いた。SEERデータベースは、米国人口の約28%をカバーする広範な癌登録データを提供し、Medicare claims dataは、65歳以上の米国市民の医療サービス利用状況を詳細に記録している。
対象患者:1995年から2011年の間に肺がん (ICD-9 162.x、ICD-10 C34.x) と診断された65歳以上の患者を対象とした。対象患者は、肺がん診断の1年以上前からMedicare Part AおよびPart Bに連続して加入している必要があった。また、健康維持組織 (HMO) に加入している患者は、請求データが不完全であるため除外された。最終的に、合計210,509例の肺がん患者が解析対象となった。
自己免疫疾患 (AID) の定義:AIDの定義には、以下の2つのアプローチを用いた。(1) 厳密定義 (strict definition):Medicare claim codes (ICD-9-CMなど) に基づき、1年以内に2回以上の外来でのAID診断、または1回の入院でのAID診断があった場合とした。この定義は、より確実な診断を反映すると考えられる。(2) 広義定義 (broad definition):関連するより軽症の病態(乾癬、尋常性白斑、橋本病など)を含む、1回以上のあらゆる種類のAID関連請求があった場合とした。ICIの臨床試験で通常除外されない自己免疫疾患(例:1型糖尿病、甲状腺機能低下症)は含まれなかった。AIDの診断は、肺がん診断の前または後のいずれの時期に発生した場合も対象とした。これは、ICIが進行性転移性疾患の患者に用いられるため、初期の肺がん診断後に発生したAIDも治療上の考慮事項として関連性があるためである。
AID種類別解析:以下の14種類のAIDを個別に評価した。関節リウマチ (rheumatoid arthritis: RA、ICD-9 714.0)、乾癬 (psoriasis、696.1)、リウマチ性多発筋痛症 (polymyalgia rheumatica: PMR、725)、自己免疫性甲状腺疾患 (autoimmune thyroid disease、橋本病 244.0/バセドウ病 242.0)、炎症性腸疾患 (inflammatory bowel disease: IBD、クローン病 555/潰瘍性大腸炎 556)、全身性エリテマトーデス (systemic lupus erythematosus: SLE、710.0)、多発性筋炎/皮膚筋炎 (polymyositis/dermatomyositis、710.3/710.4)、シェーグレン症候群 (710.2)、強直性脊椎炎 (720.0)、全身性強皮症 (710.1)、多発性硬化症 (340)、重症筋無力症 (358.0)、アジソン病 (Addison disease、255.4)、巨細胞性動脈炎 (446.5)。これらの疾患は、ICI臨床試験で除外対象となる可能性が高いと判断された。
統計解析:AIDの有病率は、頻度と割合 (%) で表記した。患者の特性(年齢、性別、人種、肺がんの病期、診断年)とAIDの有無との関連は、カイ二乗検定 (Chi-square test) を用いて比較した。多重比較にはBonferroni補正を適用した。すべての統計解析は、SASソフトウェア (SAS Institute Inc., Cary, NC) を用いて実施された。統計的有意水準は両側p値 < 0.05とした。