• 著者: Sonia A. Melo, Linda B. Luecke, Christoph Kahlert (co-first), Annette F. Fernandez, Seth Gammon, Julienne Kaye, Valerie S. LeBleu, Emily A. Mittendorf, Juergen Weitz, Nuh Rahbari, Christoph Reissfelder, Christopher Pilarsky, Mario F. Fraga, Carolyn Kalluri, Raghu Kalluri
  • Corresponding author: Raghu Kalluri (rkalluri@mdanderson.org, MD Anderson Cancer Center, The University of Texas, Houston, USA)
  • 雑誌: Nature
  • 発行年: 2015
  • Epub日: 2015-06-24
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 26106858

背景

膵管腺癌 (PDAC) は、その診断時の進行度と治療選択肢の限定性から、最も予後不良な固形がんの一つとして知られている。5年生存率は10%未満と極めて低く、これは診断時に約80%の患者が遠隔転移または局所進行した切除不能な状態にあることに起因する。根治切除が可能なのは全診断患者の約15%に留まるのが現状である。この状況の根本的な原因は、信頼できる早期診断マーカーの不在にある。既存の標準マーカーであるCA19-9は、早期PDACや膵管内乳頭粘液性腫瘍 (IPMN) などの前癌病変 (PCPL) の検出感度が低く、膵炎などの良性膵疾患 (BPD) との鑑別も不十分であることが長年の臨床的課題であった。

近年、血液中の循環エクソソームが「液体生検」の有望な担体として注目されている。エクソソームは直径50-150 nmの脂質二重膜小胞であり、後期エンドソームの多胞体 (MVB) から産生され、体液中に放出される。これらはタンパク質、核酸、脂質を含み、その起源細胞の分子特徴を反映すると考えられている。腫瘍細胞由来のエクソソームは、腫瘍の成長、免疫応答の調節、転移促進など、がんの進行に重要な役割を果たすことが示唆されている (Skog et al. NatCellBiol 2008, Al et al. NatCellBiol 2008, Peinado et al. NatMed 2012, Luga et al. Cell 2012)。しかし、循環血中にはあらゆる細胞由来のエクソソームが混在するため、がん特異的エクソソームを選択的に単離するための表面マーカーが未解明であり、これが液体生検としてのエクソソームの臨床応用における主要な技術的障壁であった。がん細胞由来エクソソームを循環血から選択的に単離できれば、腫瘍特異的DNA、RNA、タンパク質の検出感度を飛躍的に向上させることができると期待されていたが、そのための特異的な分子ツールが不足していた。エクソソームの生合成や放出メカニズムに関する詳細な知見は蓄積されつつあるものの (Thery et al. NatRevImmunol 2002, Trajkovic et al. Science 2008, Ostrowski et al. NatCellBiol 2010)、がん特異的な選別マーカーの同定は未開拓の領域であった。

目的

本研究の目的は、まずUPLC質量分析 (UPLC-MS) によるエクソソームプロテオームの網羅的解析を通じて、がん細胞由来エクソソームに特異的に濃縮される表面マーカーを同定することである。次に、同定されたグリピカン-1 (GPC1) の臨床的有用性を、大規模かつ多段階の患者コホートおよび遺伝子改変マウスモデル (GEMM) を用いて系統的に検証することを目指した。具体的には、GPC1陽性循環エクソソーム (GPC1+crExos) が、PDACの早期検出、全ステージでの検出、良性膵疾患 (BPD) との鑑別、腫瘍負荷の定量、術後モニタリング、予後予測、KRAS変異の検出、さらにはMRIで検出不能な超早期前癌病変の検出において、既存のバイオマーカーであるCA19-9と比較してどの程度の性能を示すかを評価することを目的とした。最終的に、GPC1+crExosがPDACの非侵襲的診断およびスクリーニングツールとしての可能性を確立することを目指した。

結果

GPC1のがんエクソソーム特異的濃縮の同定: UPLC-MSプロテオームスクリーニングにより、がん細胞株MDA-MB-231由来エクソソームにのみ排他的に存在する48のタンパク質が同定された。その中で、グリピカン-1 (GPC1) は乳がんおよび膵がんで過剰発現することが知られているヘパラン硫酸GPI-アンカー型プロテオグリカンである。免疫ブロットおよびIG-TEMにより、GPC1はがん細胞由来エクソソームにのみ検出され、非がん細胞由来エクソソームでは検出されなかった (Fig. 1b, d)。健常者血清由来crExosのGPC1陽性率は平均2.3% (範囲0.3-4.7%) と低値で安定していた。乳がん患者32例中24例 (75%) で健常者を上回るGPC1+crExos値が認められ (p<0.0001)、GPC1ががんエクソソームの特異的マーカーであることが示唆された。

発見コホートにおけるPDACの完全な識別能 (AUC=1.0): PDAC患者190例の発見コホートにおいて、全190例のPDAC患者でGPC1+crExosが健常者を上回る値を示した (p<0.0001)。ROC解析では、GPC1+crExosがAUC=1.0 (感度100%、特異度100%、陽性的中率100%、陰性的中率100%) という完全な識別能を達成した (Fig. 2f)。特に重要なのは、BPD群 (平均GPC1+crExos 2.1%) が健常者と同水準であり、CA19-9のようなBPDでの偽陽性を示さなかった点である。ステージ別解析では、上皮内がん、stage I、stage II-IVのすべてで感度100%、特異度100%が確認された (Extended Data Fig. 4a-f)。CA19-9はBPD患者でも有意に上昇しており (p<0.0001)、PDACとBPDの鑑別に失敗した。PCPL (IPMN、n=5) でもGPC1+crExosが健常者・BPDを上回り、前癌病変の段階での検出可能性が示された (Fig. 2e)。

独立検証コホートでの再現性 (AUC=1.0): ドイツのDresdenコホート (PDAC n=56、BPD n=6、健常者n=20) において、GPC1+crExosは発見コホートと完全に一致する結果を示し、ROC解析でAUC=1.0 (感度100%、特異度100%、陽性的中率100%、陰性的中率100%) が再現された (Fig. 2h)。循環GPC1タンパクのELISA (同一検証コホート) はAUC=0.781 (感度82.14%、特異度75%) と大幅に劣り、エクソソームへの濃縮・選択というFACS法の優位性が確認された (Extended Data Fig. 5e, f)。CA19-9もELISAと同等の性能に留まった。

腫瘍負荷定量、術後モニタリング、および予後予測: GPC1+crExosレベルは腫瘍負荷と相関し、遠隔転移例 (平均GPC1+ 58.5%) はリンパ節転移のみ (50.5%) および転移なし (39.9%) の患者より有意に高値であった (Extended Data Fig. 5a)。術前後縦断的研究 (PDAC n=29、術後day 7) では、29例中28例でGPC1+crExosが術後に有意に低下した (p<0.0001)。対照的に、CA19-9が低下したのは29例中19例のみであった (p=0.003)。PCPLでは全4例でGPC1+crExosが低下したが (p<0.001)、CA19-9では低下が認められなかった (p=0.81)。生存解析では、術後GPC1+crExos低下量が中央値以上の群 (群1) は、全生存期間中央値26.2カ月、疾患特異的生存期間27.7カ月を示し、中央値未満の群 (群2) の15.5カ月 (全生存・疾患特異的とも) を有意に上回った (Fig. 3c, d)。Cox多変量解析により、GPC1+crExos低下が疾患特異的生存の独立した予後予測因子であることが確認された (HR 5.353, 95% CI 1.651-17.358, p=0.005) (Extended Data Fig. 5d)。CA19-9低下は多変量解析で生存との有意な関連を示さなかった。

KRAS変異検出と分子プロファイリング: PDAC患者47例の原発腫瘍のSanger sequencingにより、KRAS変異率はKRAS G12D 14/47例、KRAS G12V 11/47例、KRAS G12R 5/47例、KRAS G12V/C 1/47例、野生型16/47例であった。血清入手可能例 (KRAS G12D 10例、G12V 5例、計15例) のGPC1+crExos由来RNAのqRT-PCRでは、全15例のGPC1+crExosで腫瘍と一致するKRAS変異が100%の精度で検出された (Fig. 2d)。GPC1陰性crExosからは変異KRASは検出されず、野生型のみが検出された。これは、GPC1によるエクソソーム選別が腫瘍特異的液体生検の精度を大幅に向上させることを実証した。

PKT GEMMでの超早期前癌病変検出 (MRI陰性段階): PKT GEMM縦断的研究 (n=7 PKT、n=6 control) では、PKTマウスが4週齢の段階でGPC1+crExosが平均8.4% (control平均1.2%) と既に有意に上昇しており、この上昇は疾患進行および組織学的重症度と比例して増加した (Fig. 4b)。同時施行のMRI検査では、4-5週齢では膵臓腫瘤は検出不能であった (Fig. 4c, d)。GPC1+crExosとMRI腫瘍体積の相関はPearson r=0.67 (p=0.0005) であり、GPC1+crExosがMRI検出より早期に上昇することが示された。横断的研究 (日齢16-20日のPKT) では、7匹全例でGPC1+crExosが8.3% (control 1.8%) と上昇し、MRI陰性かつ組織学的前PanIN病変でも陽性であった (Fig. 4g)。4/7例では組織学的病変なしにも関わらずGPC1+crExosが上昇し、pERK陽性 (Kras活性化シグナル) が確認された (Fig. 4j)。急性膵炎誘発マウスではGPC1+crExosの上昇は認められず、GPC1+crExosの増加が炎症ではなくがん特異的であることが確認された (Extended Data Fig. 6e)。

考察/結論

本研究は、がん特異的エクソソームマーカーの同定という長年の課題に対し、UPLC-MSスクリーニングという系統的アプローチでグリピカン-1 (GPC1) を同定した点で、エクソソーム研究における重要なマイルストーンである。GPC1陽性循環エクソソーム (GPC1+crExos) が、膵管腺癌 (PDAC) の発見コホート (n=190) および独立検証コホート (n=56) の両方でAUC=1.0という完全な識別能を達成したことは、当時の液体生検研究において前例のない高性能であり、既存のバイオマーカーであるCA19-9と比較して優位性を示した。

先行研究との違い: これまでの循環腫瘍DNA (ctDNA) 液体生検はPDACでの感度が30-60%程度と不十分であり、これは循環DNA中の腫瘍由来断片が希少であることに起因していた。本研究のGPC1+crExos選別アプローチは、非腫瘍細胞由来エクソソームの「汚染」を排除することで、KRAS変異検出感度を100%に引き上げた点で質的に異なる。また、CA19-9は膵炎や胆道疾患での偽陽性が臨床的難題であったが、GPC1+crExosはこの課題を解決し、良性膵疾患患者と健常者を確実に鑑別できた点で対照的である。

新規性: 本研究で初めて、GPC1ががん細胞由来エクソソームに特異的に濃縮される表面プロテオグリカンとして同定された。さらに、遺伝子改変マウスモデル (GEMM) を用いて、MRIで検出不能な前癌病変 (PanIN) 段階での超早期診断が可能であることを新規に実証した。これは、PDAC患者の運命を変える可能性を秘める「超早期診断」概念の提示であり、GPC1+crExosが単なるバイオマーカーキャリアではなく、分子情報の選別ツールとして機能するという「分子ナビゲーション液体生検」戦略を提示した点で新規性が高い。

臨床応用: PDACは年間約60,000人が罹患し、予後不良であるため、GPC1+crExosによる超早期発見は公衆衛生的に甚大なインパクトを持つ。GPC1+crExosをFACSで測定する本アプローチは、血清250μlで実施可能であり、非侵襲的スクリーニング検査としての臨床応用可能性が高い。腫瘍負荷との相関、術後モニタリングにおけるCA19-9を上回る性能、および疾患特異的生存の独立した予後予測因子としてのGPC1+crExosの有用性は、治療効果の評価や再発モニタリングにおける臨床的意義が大きい。

残された課題: しかしながら、複数の後続研究でAUC=1.0の再現性が得られていないケースがあり、コホート特性 (ステージ構成、BPD割合) および測定の標準化が結果に大きく影響する可能性が示されている。今後の検討課題として、(a) 多施設・大規模前向きスクリーニング試験でのバリデーション、(b) 測定プロトコルの国際標準化 (超遠心条件、FACSゲーティング基準)、(c) 他のがん種 (肺がん、大腸がんなど) でのGPC1の特異度の確認、(d) GPC1+crExosと他の液体生検手法 (ctDNA、cfRNA、循環腫瘍細胞) との組み合わせによる相補的バイオマーカーパネルの開発が挙げられる。これらの課題を克服することで、GPC1+crExosがPDACの早期診断と治療戦略に革命をもたらす可能性が期待される。

方法

本研究では、まずがん細胞株 (MDA-MB-231) と非がん細胞株 (HDF、NIH/3T3、MCF10A、E10) 由来エクソソームのUPLC-MSによるプロテオーム比較解析 (各n=3技術的反復) を実施し、がん特異的エクソソーム表面タンパク質を探索した。同定されたGPC1については、免疫ゴールド透過型電子顕微鏡 (IG-TEM) とフローサイトメトリー (FACS) により発現を検証した。

臨床コホート研究では、発見コホートとしてPDAC患者n=190、乳がん患者n=32、健常者n=100、BPD患者n=26 (膵炎18例、嚢胞腺腫8例)、前癌病変 (PCPL) 患者n=5 (IPMN) の血清サンプルを収集した。独立検証コホートとしては、PDAC患者n=56、BPD患者 (慢性膵炎) n=6、健常者n=20のサンプルを用いた。血清からのエクソソーム単離は、150,000gの超遠心分離により実施された。GPC1+crExosの定量は、アルデヒド/硫酸ラテックスビーズにエクソソームを固定後、抗GPC1抗体を用いたFACSにより行った。CA19-9との比較のため、ROC解析を実施した。

KRAS変異の検出に関しては、PDAC患者47例の原発腫瘍からDNAを抽出し、Sanger sequencingによりKRAS変異をスクリーニングした。GPC1+crExos内からのKRAS変異mRNAの検出は、qRT-PCR (mutation-specific forward primer、KRAS G12DおよびG12V各セット) を用いて行った。

遺伝子改変マウスモデル (GEMM) 研究では、Ptf1acre/+; LSL-KrasG12D/+; Tgfbr2L/L (PKT) マウスモデルを用いて、PDACの自然発生と進行を評価した。PKTマウス (n=7) およびコントロールマウス (n=6) から、4、5、6、7、8週齢で縦断的に血液を採取し、GPC1+crExosレベルを測定した。同時に、7T MRI (RARE T2強調シーケンス、スライス厚0.75 mm) を用いて膵臓腫瘤を評価し、GPC1+crExosレベルとの相関を解析した。急性膵炎誘発マウスモデル (セルレイン反復腹腔内投与) も用い、GPC1+crExosの上昇が炎症ではなくがん特異的であることを確認した。

術前後縦断的モニタリング研究では、PDAC患者n=29およびPCPL患者n=4から術前と術後7日目の血液サンプルを採取し、GPC1+crExosレベルの変化を評価した。生存解析にはCox比例ハザードモデルを用いた多変量解析を実施し、GPC1+crExos低下の予後予測因子としての独立性を評価した。統計解析にはGraphPad Prism version 6.0およびMedCalc statistical software version 13.0を使用し、P値が0.05未満を有意とした。