• 著者: Hidenobu Suehisa, Shinichiro Toyooka, Tsuyoshi Sueoka, et al.
  • Corresponding author: Shinichi Toyooka (Department of Cancer and Thoracic Surgery, Graduate School of Medicine, Dentistry and Pharmaceutical Sciences, Okayama University)
  • 雑誌: Journal of Clinical Oncology
  • 発行年: 2007
  • Epub日: N/A
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 17761979

背景

切除可能な非小細胞肺癌 (NSCLC) において、術後補助化学療法は患者の生存期間を延長するための重要な治療戦略である。白金製剤をベースとした術後補助化学療法の有効性は、複数の大規模な臨床試験、例えば Arriagada et al. NEnglJMed 2004Winton et al. NEnglJMed 2005、および Douillard et al. LancetOncol 2006 などによって証明されてきた。一方で、経口フッ化ピリミジン系薬剤である UFT (uracil-tegafur) は、テガフールとウラシルを 1:4 のモル比で配合した薬剤であり、特に日本国内において完全切除後の肺腺癌患者に対する術後補助化学療法として広く用いられてきた。Kato et al. NEnglJMed 2004 によるランダム化比較試験や、Hamada et al. JClinOncol 2005 によるメタアナリシスにおいて、UFT 術後補助療法が手術単独群と比較して有意な生存ベネフィットをもたらすことが示されている。

近年、肺腺癌における EGFR (epidermal growth factor receptor) 遺伝子変異の同定は、ゲフィチニブなどの EGFR-TKI (tyrosine kinase inhibitor) に対する高い治療感受性を予測する因子として極めて重要視されている (Lynch et al. NEnglJMed 2004Paez et al. Science 2004)。EGFR 変異は、東アジア人、女性、非喫煙者、および腺癌の患者において高頻度に認められることが知られている (Shigematsu et al. JNatlCancerInst 2005)。しかしながら、EGFR 変異陽性肺腺癌が、UFT などの従来の細胞毒性化学療法やフッ化ピリミジン系薬剤に対してどのような感受性を示すかについては十分に解明されておらず、臨床的なエビデンスが不足していた。EGFR 変異の有無によって UFT 術後補助療法の治療効果に差異が生じるかどうかを検証した研究はこれまでになく、術後補助療法の個別化に向けたバイオマーカーの探索において、この領域の知見が決定的に不足していた。このように、EGFR 変異状態と従来の化学療法の感受性との関連性は未解明であり、治療選択の最適化に向けた課題が残されている。したがって、切除肺腺癌における EGFR 変異状態と UFT 術後補助療法の治療効果との関連性を明らかにすることは、臨床的に極めて重要な課題であった。

目的

本研究の目的は、完全切除された肺腺癌患者を対象に、腫瘍の EGFR 遺伝子変異状態 (野生型 vs 変異陽性) が、UFT による術後補助化学療法の生存期間延長効果に及ぼす影響を後ろ向きに評価することである。さらに、UFT の主たる活性代謝産物である FU (fluorouracil) に対する感受性が、EGFR 野生型および変異型の肺腺癌細胞株においてどのように異なるかを in vitro 解析によって検証し、臨床結果を支持する生物学的なメカズムを解明することを目的とした。

結果

全体コホートにおける患者背景、治療完遂率と EGFR 変異の分布: 対象となった 187 例のうち、EGFR 遺伝子変異は 79 例 (42.2%) に検出され、その内訳は Exon 19 欠失が 49 例、Exon 21 L858R 変異が 30 例であった。患者背景との関連において、EGFR 変異は女性 (p < 0.001) および非喫煙者 (p < 0.001) において有意に高頻度で認められたが、年齢、病理学的病期、および UFT 投与の有無との間には有意な関連は認められなかった (Table 1)。UFT群 (n=68) における治療完遂率に関して、67% の患者が計画された 1 年間の投与を完了し、79% の患者が 6 ヶ月以上の治療を継続した。生存例における追跡期間中央値は UFT群で 65.7 ヶ月、手術単独群 (n=119) で 56.2 ヶ月であり、全体の 95.2% で追跡が可能であった。全体コホート 187 例における生存解析では、UFT 術後補助化学療法を受けた群は、手術単独群と比較して生存期間が有意に延長しており、多変量解析において UFT 投与は独立した予後良好因子であることが示された。具体的には、全体コホートにおける UFT 投与群 vs 手術単独群の生存期間に関する多変量解析のハザード比は HR 0.38 (95% CI 0.19-0.75, p=0.005) であり、術後補助化学療法の明確な生存ベネフィットが実証された (Fig 1) (Table 2)。

EGFR 野生型サブグループにおける UFT の顕著な生存ベネフィット: EGFR 野生型腫瘍を有する患者 108 例 (UFT群 n=43 vs 手術単独群 n=65) を対象としたサブグループ解析において、UFT 術後補助化学療法は生存期間を極めて有意に延長した。5年生存率は UFT群で 81.0% であったのに対し、手術単独群では 65.4% であり、UFT群において良好な生存割合が示された (p=0.039) (Fig 2A)。さらに、共変量を調整した多変量解析においても、UFT 投与は EGFR 野生型患者における独立した生存期間延長因子として確認され、そのハザード比は HR 0.34 (95% CI 0.14-0.80, p=0.013) と極めて高い治療効果を示した (Table 2)。この結果は、EGFR 野生型の肺腺癌において、UFT による術後補助療法が再発リスクを低下させ、長期予後を改善する上で極めて有効であることを示している。多変量解析では、病理学的病期 (Stage IIIA vs Stage I: HR 6.45, 95% CI 2.49-16.7, p < 0.001) も有意な予後因子であったが、UFT の有効性はこれらから独立していた。

EGFR 変異陽性サブグループにおける UFT の治療効果欠如: 一方、EGFR 変異陽性腫瘍を有する患者 79 例 (UFT群 n=25 vs 手術単独群 n=54) においては、UFT 術後補助化学療法による有意な生存ベネフィットは認められなかった。5年生存率は UFT群で 79.5%、手術単独群で 77.2% であり、両群間で統計的な有意差は検出されなかった (Fig 2B)。多変量解析においても、EGFR 変異陽性群における UFT 投与の生存期間に対するハザード比は HR 0.52 (95% CI 0.16-1.69, p=0.28) であり、統計的有意差は認められなかった (Table 2)。なお、このサブグループの多変量解析においても、病理学的病期 (Stage IIIA vs Stage I: HR 10.6, 95% CI 2.65-42.1, p < 0.001) は独立した予後不良因子として検出されたが、UFT 投与の有無は予後に寄与しなかった。また、変異のタイプ別解析において、Exon 19 欠失 (n=49) と Exon 21 L858R 変異 (n=30) の間で、UFT の治療効果に明確な差は認められなかった。

In vitro 解析における EGFR 変異と FU 感受性の関連: 肺腺癌細胞株を用いた in vitro 解析において、EGFR 変異型細胞は野生型細胞と比較して FU に対する感受性が低い (IC50 値が高い) 傾向が確認された。ABC1 細胞を用いた遺伝子導入実験において、野生型 EGFR 導入細胞の FU に対する IC50 値は 5.2 ± 0.6 𝛍mol/L であったのに対し、E746-A750del 変異型導入細胞では 17.8 ± 4.6 𝛍mol/L、L858R 変異型導入細胞では 21.8 ± 8.6 𝛍mol/L と有意に高値を示した (Table 3)。また、遺伝子導入を行っていない肺腺癌細胞株の比較においても、EGFR 野生型株である A549 (IC50 13.6 ± 2.2 𝛍mol/L) や H1299 (IC50 11.3 ± 2.4 𝛍mol/L)、H1437 (IC50 24.5 ± 3.3 𝛍mol/L) に比べ、EGFR 変異型株である PC-3 (IC50 44.2 ± 4.0 𝛍mol/L) や PC-9 (IC50 24.5 ± 4.0 𝛍mol/L)、H1975 (IC50 35.0 ± 5.6 𝛍mol/L) では感受性が低下していた。さらに、L858R 変異を有する H3255 株では IC50 値が 1,500 𝛍mol/L を超えており、著しい感受性低下が示された (Table 3)。これらの in vitro データは、EGFR 変異型肺腺癌細胞が FU に対して本質的に低感受性であることを示唆している。

考察/結論

先行研究との違い: 本研究の結果は、切除肺腺癌に対する UFT 術後補助化学療法の効果が、腫瘍の EGFR 変異状態によって明確に異なることを示した。これは、一律に UFT の有用性を示してきた従来の臨床試験、例えば Kato et al. NEnglJMed 2004Hamada et al. JClinOncol 2005 などの知見と対照的であり、遺伝子変異プロファイルに基づいた術後補助療法の個別化の必要性を強く支持するものである。

新規性: 本研究は、EGFR 遺伝子変異状態が UFT 術後補助化学療法の治療効果予測バイオマーカーとなり得ることを、臨床データと in vitro 実験の両面から本研究で初めて明らかにした。特に、EGFR 変異型腫瘍が抗アポトーシス経路 (Akt や STAT シグナル) の活性化を介して細胞毒性薬剤や FU に対する感受性を低下させている可能性を示した点は、これまで報告されていない極めて新規性の高い知見である (Sordella et al. Science 2004)。

臨床応用: 本研究の臨床的意義として、完全切除された肺腺癌患者の臨床現場において、EGFR 野生型患者に対しては UFT による術後補助化学療法を積極的に推奨すべきである一方、EGFR 変異陽性患者に対しては UFT 以外の治療選択肢を考慮すべきであることが示唆される。これにより、効果の期待できない患者への不要な化学療法の投与を避け、副作用を低減しつつ治療効果を最大化する個別化医療の臨床応用が可能となる。

残された課題: 今後の検討課題として、本研究が単施設における後ろ向き解析であり、症例数 (n=187) が比較的限定的であるという limitation が挙げられる。特に EGFR 変異陽性群 (n=79) においては、サンプルサイズの不足により UFT のわずかな効果を検出できなかった可能性を完全に排除できない。また、現代の肺癌治療においては、EGFR 変異陽性切除例に対して EGFR-TKI による術後補助療法が標準治療として確立されつつあり、従来の化学療法との最適な使い分けや順序について、さらなる前向きな臨床試験による検証が必要である。

方法

本研究は、1994年1月から2003年12月の間に岡山大学病院において完全切除 (R0切除) を受けた病理学的 Stage I から IIIA の肺腺癌患者のうち、術前治療を受けておらず、術後補助療法として UFT 以外の治療を受けていない患者、および腫瘍径が 2 cm 未満の Stage IA 患者を除外した、計 187 例を対象とした後ろ向きコホート研究である。このうち、68 例が術後補助化学療法として UFT を投与された群 (UFT群) であり、119 例は術後に化学療法を行わなかった群 (手術単独群) であった。UFT の投与量は 1 日あたり 300 mg (体重 50 kg 未満) または 400 mg (体重 50 kg 以上) とし、術後 1 ヶ月以内に開始され、原則として 1 年以上の継続が計画された。

EGFR 遺伝子変異の解析は、凍結組織またはパラフィン包埋切片から抽出したゲノム DNA (deoxyribonucleic acid) を用い、PCR (polymerase chain reaction) 法およびダイレクトシーケンス法によって Exon 19 の欠失変異である E746-A750del (glutamic acid 746 to alanine 750 deletion) および Exon 21 の L858R 点突然変異を検出した。

In vitro 解析では、EGFR 野生型細胞株 (ABC1、H1437) および EGFR 変異型細胞株 (PC-3、PC-9、H3255、H1975) を使用した。また、EGFR 野生型かつ KRAS 野生型である ABC1 細胞株に対して、野生型 EGFR、E746-A750del 変異型 EGFR、L858R 変異型 EGFR、または空ベクターを安定導入したトランスフェクタントを作製した。これらの細胞株を様々な濃度の FU とともに 72 時間培養し、MTS (3-(4,5-dimethylthiazol-2-yl)-5-(3-carboxymethoxyphenyl)-2-(4-sulfophenyl)-2H-tetrazolium) アッセイを用いて細胞増殖抑制効果を測定し、50%阻害濃度である IC50 (50% inhibitory concentration) 値を算出した。

統計解析においては、患者背景の比較に 𝛘2 (カイ二乗) 検定を用いた。生存期間の評価には Kaplan-Meier 法を用い、群間比較には log-rank 検定を適用した。また、多変量解析には Cox 比例ハザードモデル (Cox proportional hazards model) を用いて、EGFR 変異状態、UFT 投与の有無、病理学的病期、年齢、性別、喫煙歴を共変量としてハザード比 (HR) および 95% 信頼区間 (CI) を算出した。統計的有意水準は p < 0.05 と定義した。