- 著者: Daniel Almquist, Vinicius Ernani
- Corresponding author: Vinicius Ernani (Division of Hematology and Medical Oncology, Mayo Clinic Cancer Center, Phoenix, AZ)
- 雑誌: JCO Oncology Practice
- 発行年: 2021
- Epub日: 2020-11-19
- Article種別: Review
- PMID: 33211628
背景
肺癌は米国において癌関連死亡の主要原因であり、2020年の推定死亡数は135,720例に達する。非小細胞肺癌 (NSCLC) は全肺悪性腫瘍の約85%を占め、その50%以上が診断時に転移性病変を有する。近年、NSCLCにおけるゲノム異常に基づく分子標的療法の発展は治療成績を劇的に改善してきた。ROS1転座は2007年にNSCLCで初めて報告され (Rikova et al. Cell 2007)、NSCLC全体の1%から2%に認められる治療可能なドライバー遺伝子異常である (Bergethon et al. JClinOncol 2012)。ROS1融合は若年、非喫煙者、腺癌に多く、ALK陽性NSCLCと類似した臨床プロファイルを示すことが知られている (Takeuchi et al. NatMed 2012)。
2016年にcrizotinibが米国食品医薬品局 (FDA) によって最初のROS1陽性NSCLC治療薬として承認されて以降、entrectinibやlorlatinibが治療選択肢に加わった。これらのROS1チロシンキナーゼ阻害剤 (TKI) は、ROS1融合遺伝子陽性NSCLC患者において高い客観的奏効率 (ORR) と無増悪生存期間 (PFS) を示し、患者の予後を大きく改善した。例えば、crizotinibはPROFILE 1001試験でORR 72%、mPFS 19.3ヶ月という優れた成績を示した (Shaw et al. NEnglJMed 2014)。しかし、これらのTKIに対する耐性メカニズムの出現は避けられない課題であり、特に中枢神経系 (CNS) 転移はcrizotinib治療中の患者で約30%に発生し、最も一般的な進行部位となることが報告されている。
次々と登場する新規TKIを前に、最適な治療シーケンスの決定は臨床医にとって複雑な課題となっている。特に、特定の耐性変異に対する効果的な治療戦略や、CNS転移を有する患者の最適な管理法については、依然として未解明な点が多く、実践的なガイドラインの確立が不足している。例えば、crizotinib耐性後の最も一般的な二次耐性変異であるG2032R変異に対する承認TKIは現時点では存在せず、この知識ギャップ (knowledge gap) が治療選択を困難にしている。また、オフターゲット耐性機序に対する治療戦略も手薄であり、臨床現場で活用できる包括的な治療アルゴリズムが確立されていないという課題がある。本レビューでは、これらの課題に対し、最新の知見に基づいた包括的な情報提供を目指し、ROS1転座陽性NSCLCの診断から治療、耐性管理に至るまでの実践的なガイドラインを提示する。
目的
転移性ROS1転座陽性NSCLCの診断検査、治療選択肢 (承認薬および試験中薬剤)、耐性機序の理解、および実践的治療アルゴリズムを提供すること。具体的には、ROS1融合の検出に用いられる各種診断手法の比較評価、承認済みのROS1 TKIであるcrizotinib、entrectinib、lorlatinibの臨床的有効性と安全性プロファイルの詳細な検討、主要な耐性機序、特にROS1 G2032R変異の臨床的意義と、それに対する次世代TKIであるrepotrectinibやtaletrectinibの開発状況を概説する。さらに、CNS転移の管理戦略に焦点を当て、CNS浸透性の高いTKIの役割と、局所療法との組み合わせについて考察する。最終的に、これらの最新の知見に基づき、臨床現場でROS1転座陽性NSCLC患者の治療方針を決定するための包括的なアルゴリズムを提示することを目的とする。
結果
診断手法の比較と臨床的特徴: ROS1融合はNSCLCの0.9%から2%に認められ、若年・非喫煙者・腺癌というALK陽性NSCLCと類似した臨床プロファイルを示す (Gainor et al. Oncologist 2013)。CNS転移の頻度は研究によって3.2%から36%と幅があるが、crizotinib治療中に約30%の患者がCNS転移を発症し、CNSが最も多い進行部位となる。ROS1転座の同定において、免疫組織化学 (IHC) はD4D6 (D4D6はROS1特異的モノクローナルウサギ抗体のクローン名) を使用し、感度は約100%だが特異度が70%から100%と低く、スクリーニングツールとしての位置づけである。蛍光in situハイブリダイゼーション (FISH) (breakapart probe、腫瘍細胞の>15%でsplit/isolated signalが陽性基準) はゴールドスタンダードだが大量の組織が必要である。RT-PCRは既知融合パートナーに限定される。次世代シーケンシング (NGS) は複数ゲノム異常を同時検索できる最も包括的な方法で、液体生検 (cell-free DNA) も利用可能である。国際肺癌学会 (IASLC) はIHCをスクリーニングに使用後FISH/NGSで確認する戦略を推奨している。
Crizotinibの有効性と耐性機序: Crizotinibは第1世代MET/ALK/ROS1阻害剤であり、PROFILE 1001試験 (n=53) でROS1陽性NSCLCに客観的奏効率 (ORR) 72%・無増悪生存期間中央値 (mPFS) 19.3ヶ月・全生存期間中央値 (mOS) 51.4ヶ月を示し、2016年にFDA承認された (Table 1; Shaw et al. NEnglJMed 2014)。複数の第II相試験や後ろ向きコホートでも一貫した有効性 (ORR 65%〜83%、mPFS 9.1ヶ月〜22.8ヶ月) が確認されている (Table 1)。例えば、東アジアの第II相試験 (n=127) ではORR 71.7%、mPFS 15.9ヶ月、12ヶ月生存率 83.1% であった (Wu et al. JClinOncol 2018)。Crizotinibの主要な限界は血液脳関門の透過性不良であり、CNS進行が最も多い再発様式となる。Crizotinib耐性機序に関する後ろ向き解析 (n=17例、crizotinib進行後生検) では、53%でROS1二次耐性変異が同定された。内訳はG2032R (41%)、D2033N (6%)、S1986F (6%) であり、G2032Rが最も一般的である。G2032RとD2033NはATP結合部位のsolvent-front領域に位置し、ALKのG1202R/D1203Nに相当する。オフターゲット耐性機序 (EGFR・HER2・MET・BRAF・KRAS・KIT・MEK経路の活性化、上皮間葉転換等) はより稀である。G2032Rに対する現在FDA承認のTKIは存在しない。
CeritinibおよびLorlatinibの臨床成績: Ceritinibは第2世代ALK/ROS1阻害剤であり、韓国での第II相試験 (n=32例、30例crizotinib未治療) でORR 62%・crizotinib未治療例のmPFS 19.3ヶ月・頭蓋内ORR 25%を報告した (Lim et al. JClinOncol 2017)。しかし、毒性は高めであり、68%の患者で用量調整、72%の患者で休薬が必要であった。Lorlatinibは第3世代ALK/ROS1 TKIで、ROS1への親和性はcrizotinibの10倍以上であり、高いCSF (cerebrospinal fluid: 髄液)/血漿比を達成し、優れたCNS浸透性を示す。第I/II相試験 (n=69例) でTKI未治療例ORR 62% (95% CI 41-80%)・mPFS 21.0ヶ月、crizotinib後ORR 35% (95% CI 21-51%)・mPFS 8.5ヶ月を示した (Shaw et al. LancetOncol 2019)。CNS活性 (頭蓋内ORR 60%〜64%) を有するが、G2032R変異には無効である (応答例なし)。
Entrectinibおよび開発中の次世代TKI: EntrectinibはROS1/TRK/ALK多標的阻害剤であり、3試験統合解析 (ALKA-372-001試験、STARTRK-1試験、およびSTARTRK-2試験 [STARTRK-2は多施設共同オープンラベル第II相バスケット試験]) (n=53例、TKI未治療) でORR 77.4%・頭蓋内ORR 55%・mPFS 19ヶ月を示し、CNS転移を有するROS1陽性NSCLCの1次治療として推奨される (Table 2; Drilon et al. LancetOncol 2020)。FDA承認済みであるが、crizotinib耐性後の有効性は限定的でG2032Rには無効である。Repotrectinib (TPX-0005) は次世代ALK/ROS1/NTRK阻害剤で、crizotinibより90倍以上強力であり、前臨床でG2032Rに活性を示す。TRIDENT-1試験 (n=28例) でTKI未治療ORR 90% (95% CI 55-100%)・TKI前治療後ORR 28% (95% CI 13-49%) を示し、CNS転移7例中TKI未治療3例での頭蓋内ORR 100%・TKI前治療4例で50%であった (Table 2)。Taletrectinib (DS-6051b) も次世代NTRK/ROS1阻害剤であり、前臨床でG2032Rに活性を示す。米国第I相試験 (n=6例、crizotinib後) でORR 33%・mPFS 4.1ヶ月、日本第I相試験でcrizotinib未治療ORR 66.7%を示した。
CNS転移および耐性後の管理戦略: CNS転移はcrizotinib治療中の約30%に発症し、47%でCNSのみが初回進行部位となる。Entrectinib (頭蓋内ORR 55%) やlorlatinib (64%) がより高いCNS活性を示す。Repotrectinibの頭蓋内ORRも有望である (Table 2)。無症候性CNS転移を有する患者にはentrectinibが第一選択として推奨される。大規模または症候性CNS病変に対しては、手術または定位放射線治療 (SRS) などの局所療法後にentrectinibを推奨する。Crizotinibまたはentrectinibでの初回治療後に進行した場合は、耐性機序を評価するために新たな組織生検または液体生検 (cell-free DNA) を実施することが重要である。ROS1 G2032R変異がない全身進行の場合には、lorlatinibが推奨される。ROS1 G2032R耐性変異を有する全身進行患者には、臨床試験への参加またはペメトレキセドベースの化学療法が推奨される (Figure 1)。
考察/結論
本レビューはMayo Clinicの2名の著者によって2020年時点のROS1転座陽性NSCLCの管理を包括的にまとめた実践的ガイドである。ORR・mPFSの観点ではcrizotinib・entrectinib・lorlatinib・ceritinibはおおむね同等の全身有効性を示すが、CNS浸透性と耐性スペクトラムが薬剤選択の主要な差別化因子となる。
先行研究との違い: これまでのROS1陽性NSCLCに関するレビューと異なり、本稿では最新の治療アルゴリズムを提示し、特にCNS転移の管理とG2032R耐性変異への対応に焦点を当てた点が特徴である。多くの先行研究は個別のTKIの有効性や耐性メカニズムに限定して報告していたが、本レビューはこれらの情報を統合し、臨床現場で直面する具体的な治療シーケンスの課題に対する実践的な解決策を提示している点で対照的である。
新規性: ROS1 G2032Rがcrizotinib耐性の主要機序 (41%) でありながら現時点で承認されたTKIが存在しないという最大の未解決課題に対し、repotrectinibとtaletrectinibがこの変異に対する前臨床活性を有し、承認取得に向けた臨床試験が進行中であることは新規の治療戦略を示唆する重要な進展である。これらの次世代TKIがG2032R変異を克服する可能性は、これまでの治療選択肢では対応できなかった患者群に新たな希望をもたらす。
臨床応用: 本知見は、ROS1陽性NSCLC患者の個別化治療戦略を策定する上で重要な臨床的意義を持つ。特に、CNS転移の有無や耐性変異の種類に応じて最適なTKIを選択するアルゴリズムは、臨床現場での意思決定に直接役立つ。液体生検 (cell-free DNA) を用いた耐性機序解析は、組織採取が困難な患者において特に有用であり、治療選択の幅を広げる。これにより、患者の病態に合わせた精密医療の実現が期待される。
残された課題: 今後の検討課題として、次世代TKIの長期的な有効性、安全性プロファイル、および最適な治療シーケンスの確立が残されている。特に、G2032R変異に対する承認TKIの登場が待たれる。また、オフターゲット耐性機序に対する治療戦略は依然として手薄であり、さらなる研究が必要である。臨床試験への積極的な参加が、この疾患の理解を深め、治療成績を向上させる上で重要である。さらに、TKI治療後の化学療法や免疫チェックポイント阻害剤の最適な位置づけについても、今後の研究で明らかにされるべき課題である。
方法
本研究は、転移性ROS1転座陽性NSCLCの診断、治療、および耐性管理に関する既存の文献を包括的にレビューした。文献検索は、PubMed、Embase、Cochrane Library、Web of Science の各データベースを用いて、2020年9月までの期間を対象に実施した。検索キーワードには「ROS1 rearrangement」、「NSCLC」、「tyrosine kinase inhibitor」、「crizotinib」、「entrectinib」、「lorlatinib」、「repotrectinib」、「taletrectinib」、「resistance mechanisms」、「CNS metastases」などを含めた。レビュー対象論文の選択基準 (inclusion criteria) は、ROS1転座陽性NSCLC患者を対象とした臨床試験、後ろ向きコホート研究、前臨床研究、およびレビュー記事とした。除外基準 (exclusion criteria) は、ROS1転座以外のドライバー変異を主たる対象とした研究、非英語論文、および症例報告とした。
収集したデータは、ROS1 TKIの有効性、安全性、耐性機序、およびCNS転移に対する活性に焦点を当てて分析した。特に、FDA承認薬であるcrizotinib、entrectinib、lorlatinibの臨床成績と、開発中の次世代TKIであるrepotrectinibおよびtaletrectinibの初期データについて詳細に検討した。診断手法としては、免疫組織化学 (IHC)、蛍光in situハイブリダイゼーション (FISH)、および次世代シーケンシング (NGS) の比較評価を行った。NGSは、複数ゲノム異常を同時検索できる最も包括的な方法であり、液体生検 (cell-free DNA) も利用可能である (Zheng et al. NatMed 2014; Oxnard et al. JClinOncol 2016)。
各TKIの有効性は、客観的奏効率 (ORR)、無増悪生存期間 (PFS)、全生存期間 (OS)、および頭蓋内奏効率 (intracranial ORR) を主要評価項目として比較した。安全性プロファイルについては、各試験で報告された有害事象の頻度と重症度を評価した。耐性機序の解析には、生検組織または液体生検による遺伝子変異解析データを用いた。エビデンスレベルの評価には、GRADE (Grading of Recommendations Assessment, Development and Evaluation) システムの原則を参考に、各研究の質とバイアスのリスクを考慮した。統計解析手法としては、Kaplan-Meier法による生存曲線解析、Cox回帰モデル (Cox regression) によるハザード比 (HR) の算出、およびFisher’s exact testによる群間比較などが用いられた研究結果を統合的に評価した。