• 著者: Awad MM, Katayama R, McTigue M, Liu W, Deng YL, Brooun A, Friboulet L, Huang D, Falk MD, Timofeevski S, Wilner KD, Lockerman EL, Khan TM, Mahmood S, Gainor JF, Digumarthy SR, Stone JR, Mino-Kenudson M, Christensen JG, Iafrate AJ, Engelman JA, Shaw AT
  • Corresponding author: Jeffrey A. Engelman and Alice T. Shaw (Massachusetts General Hospital Cancer Center, Boston, MA, USA)
  • 雑誌: New England Journal of Medicine
  • 発行年: 2013
  • Epub日: 2013-06-01
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 23724914

背景

Crizotinibは、ALK (anaplastic lymphoma kinase) およびMET (mesenchymal-epithelial transition) を標的とするマルチターゲット型チロシンキナーゼ阻害薬 (TKI) として開発され、後にROS1 (receptor tyrosine kinase-like orphan receptor 1) 融合遺伝子陽性非小細胞肺癌 (NSCLC) に対しても高い臨床効果を示すことが報告された。特に、ROS1融合遺伝子陽性NSCLCは、Bergethon et al. JClinOncol 2012によって独立した分子サブタイプとして確立され、crizotinibがその標準治療薬の一つとして位置づけられていた。しかし、TKI治療においては、薬剤耐性の獲得が長期的な治療効果を制限する主要な課題であり、ALK陽性NSCLCでは、crizotinibに対する耐性機序として、L1196Mゲートキーパー変異やG1202R溶媒フロント変異などの二次的なキナーゼドメイン変異が同定されていた (Choi et al. NEnglJMed 2010, Katayama et al. SciTranslMed 2012)。これらの耐性機序の解明は、次世代TKIの開発に不可欠な情報を提供してきた。

一方、ROS1融合遺伝子陽性NSCLCにおけるcrizotinib耐性機序については、2013年当時ほとんど未解明であった。ROS1はALKやMETと同様に受容体型チロシンキナーゼスーパーファミリーに属し、ATP結合ポケットの構造も類似しているが、crizotinibとの結合様式の詳細や、耐性変異の具体的な位置づけは不明であった。EGFR陽性NSCLCにおけるgefitinib耐性機序の解明 (例えば、Kobayashi et al. NEnglJMed 2005Sequist et al. SciTranslMed 2011) が、新たな治療戦略の開発に繋がったように、ROS1においても同様のアプローチが求められていた。特に、ALK G1202R変異がcrizotinibだけでなく、多くの次世代ALK阻害薬に対しても高度な耐性を示すことが報告されており、ROS1においても同様の「溶媒フロント変異」が存在する可能性が示唆されていた。

本研究は、CD74-ROS1融合遺伝子陽性NSCLC患者のcrizotinib耐性後の腫瘍を詳細に分子解析した初のケースレポートであり、耐性克服のための次世代阻害薬開発に資する分子レベルでの機序解明が強く求められていた。既存の治療法では、耐性獲得後の選択肢が不足しており、新たな治療標的の同定が急務であった。

目的

本研究の目的は、CD74-ROS1融合遺伝子陽性転移性肺腺癌患者において、crizotinib治療後に獲得された耐性腫瘍から新規の耐性変異を同定することである。さらに、同定された変異の生化学的、細胞生物学的、およびX線結晶構造学的解析を通じて、その耐性機序を原子レベルで詳細に解明することを目指した。具体的には、ROS1キナーゼドメインにおける変異がcrizotinibの結合にどのように影響し、薬剤耐性を引き起こすのかを明らかにすることを目的とした。この知見は、ROS1陽性NSCLCにおけるcrizotinib耐性克服のための次世代ROS1阻害薬の設計と開発に貢献することを意図している。

結果

ROS1 G2032R変異の同定と全身転移部位での均一な検出: crizotinib治療前の腫瘍組織ではROS1 G2032R変異は検出されなかったが、crizotinib耐性後の肺生検組織からc.6094G→A (p.Gly2032Arg) 変異が初めて同定された。この変異は、ROS1キナーゼドメインの溶媒フロント領域に位置する。ディープシーケンシング(>10,000リード)による解析では、患者死亡後の剖検で得られた全身の6つの転移部位(右肺、脳、副腎、肝臓、骨、胸膜)すべてにおいてG2032R変異が均一に検出された。一方、正常肝組織ではG2032R変異は陰性であり、この変異が体細胞性のものであることが確認された。ROS1キナーゼドメイン(エクソン34-42)において、G2032R以外の体細胞変異は検出されなかった。この結果は、crizotinib治療圧下でG2032R変異を有するクローンが早期に選択的に増殖し、全身の転移巣の共通の起源となった可能性を示唆している (clonal evolution)。また、409遺伝子パネルのシーケンシングにより、治療前後の腫瘍組織でTP53、ATM、NOTCH2遺伝子の変異も確認されたが、これらの変異はcrizotinib耐性とは直接関連しないと考えられた。

G2032R変異によるcrizotinibに対する生化学的耐性の実証: 精製されたROS1キナーゼドメインを用いたin vitro酵素学的アッセイにより、crizotinibの酵素阻害活性を評価した。野生型ROS1に対するcrizotinibのKi app値は2.1±0.1 nMであったのに対し、G2032R変異型ROS1ではKi app値が570±29 nMと、約270倍の著明な増加を示した (Figure 3C)。これは、G2032R変異がROS1キナーゼのcrizotinibに対する親和性を大幅に低下させることを明確に示している。さらに、G2032R変異型ROS1ではATPに対するKm app値が65 µMから22 µMへと約3分の1に低下しており (Figure S5)、ATP親和性が向上していることが示された。これは、G2032R変異がキナーゼ活性自体を維持または増強する可能性を示唆する。293T細胞を用いた細胞ベースのアッセイでは、crizotinibおよびTAE684(ceritinibの前駆体)は、野生型CD74-ROS1に対してそれぞれIC50約30 nMおよび50 nMで有効であったが、G2032R変異型CD74-ROS1に対しては両化合物ともにIC50 >1000 nMと、完全な耐性を示した (Figure 3B, Figure S3)。これは、細胞レベルでもG2032R変異がcrizotinibおよびTAE684に対する高度な耐性を付与することを示している。選択的ALK阻害薬であるCH5424802は、野生型およびG2032R変異型CD74-ROS1のいずれに対しても活性を示さなかった (Figure S4)。

X線結晶構造解析によるG2032R変異の耐性機序の解明: 野生型ROS1キナーゼドメインとcrizotinib複合体のX線結晶構造解析(2.0 Å分解能、PDB: 3zbf)を実施した (Figure 3D, 左)。構造解析の結果、G2032残基はATP結合ポケットの溶媒フロント領域、キナーゼヒンジの遠位末端に位置し、crizotinibのピラゾール環とファンデルワールス相互作用を形成することが明らかになった。G2032R変異では、グリシン残基が大きく荷電したアルギニン残基に置換されることにより、その側鎖がcrizotinibのピペリジン環と立体的に衝突(steric clash)することがモデリングにより予測された (Figure 3D, 右)。この立体衝突がcrizotinibの結合を物理的に阻害し、薬剤耐性を引き起こす主要なメカニズムであると考えられた。G2032はROS1の13のパラログすべてに高度に保存されており、ALKの溶媒フロント残基であるG1202と構造的相同性を持つ。ALKのG1202R変異がcrizotinibおよび次世代ALK阻害薬に対して高度な耐性を示すことと、ROS1 G2032R変異による耐性機序は類似していると示唆された。この変異がゲートキーパー残基(ROS1のL2026)ではなく溶媒フロントに位置することは、耐性克服のための薬剤設計において、より小さい分子構造を持つ阻害薬が必要となる可能性を示唆する。

Ba/F3細胞アッセイによる形質転換能とATP親和性の評価: NIH-3T3細胞を用いたソフトアガーアッセイでは、野生型CD74-ROS1とG2032R変異型CD74-ROS1の形質転換能は同等であり (Figure S6)、G2032R変異がROS1キナーゼの細胞レベルでの腫瘍形成能を損なわないことが確認された。これは、G2032R変異がキナーゼ活性を維持したまま薬剤耐性を付与することを示唆する。293T細胞系でのcrizotinibのIC50は、野生型で約30 nM、G2032R変異型で>1000 nM (>33倍) であり、TAE684では野生型で約50 nM、G2032R変異型で>1000 nM (>20倍) であった。さらに、酵素学的Km app測定では、G2032R変異型ROS1のATPに対するKm appが22 µM(野生型65 µM)と約3分の1に減少しており (Figure S5)、ATP結合クレフトが保持された状態でcrizotinibへの耐性が生じていることを裏付けた。ATP結合サイトへのcrizotinibのドッキングと競合するATP親和性の増加も、耐性に寄与する可能性が指摘された。

考察/結論

本研究は、ROS1融合遺伝子陽性NSCLCにおける後天的crizotinib耐性の詳細な分子解析を初めて報告した先駆的な研究である。ROS1キナーゼドメインのG2032R変異を「初のROS1溶媒フロント耐性変異」として同定し、その生化学的および構造学的根拠を明確に示した。野生型ROS1に対するcrizotinibのKi appが2.1 nMであったのに対し、G2032R変異型では570 nMと270倍に増加したというデータは、G2032R変異が臨床用量のcrizotinibに対して完全な耐性を付与することの強力な生化学的証明である。X線結晶構造解析により、G2032R変異がcrizotinibのピペリジン環とアルギニン側鎖との間に立体衝突を引き起こし、薬剤結合を阻害するという原子レベルでのメカニズムが可視化されたことは、ROS1耐性研究の礎石となった。

先行研究との違い: 本研究で同定されたROS1 G2032R変異は、ALKのG1202R溶媒フロント変異と構造的・機能的に相同性を持つ。Katayama et al. SciTranslMed 2012が報告したALK G1202R変異がcrizotinibおよび全ての次世代ALK阻害薬に高度な耐性を示すのと同様に、ROS1 G2032R変異もcrizotinib、TAE684、CH5424802といった既存のROS1/ALK阻害薬全てに耐性を示すことが予測された。これは、従来のゲートキーパー変異とは異なる耐性機序であり、その克服にはより立体的に小さい化合物や、変異型キナーゼに特異的な阻害薬の設計が必要であることを示唆する点で、これまでの知見と対照的である。

新規性: 本研究で初めて、ROS1 G2032R変異がcrizotinib耐性の主要なメカニズムであることを同定し、その詳細な分子メカニズムをX線結晶構造解析によって解明した。これは、ROS1陽性NSCLCにおけるTKI耐性研究において、これまで報告されていない新規の耐性変異とその克服戦略の基礎を築くものである。特に、溶媒フロント変異が薬剤結合を立体的に阻害するというメカニズムの解明は、今後のROS1阻害薬開発における重要な指針となる。

臨床応用: 本知見は、ROS1 G2032R変異を有する患者に対する新たな治療戦略の開発に直結する。この変異を克服するためには、既存の阻害薬とは異なる結合様式を持つ、よりコンパクトな分子構造の次世代ROS1阻害薬が必要であるという臨床的含意がある。実際に、repotrectinib (G2032Rに対するIC50 23 nM)、taletrectinib (G2032Rに対するIC50 53 nM)、lorlatinibなどの、G2032R変異を標的とする次世代ROS1阻害薬の開発は、本研究の成果に直接的に基づいている。これらの薬剤は、G2032R変異を有する患者の治療選択肢を広げ、臨床現場での治療成績向上に貢献する可能性を秘めている。

残された課題: 本研究は単一症例の詳細解析であり、G2032R変異の臨床における頻度や、他のROS1耐性機序との相対的な重要性については、より大規模なコホート研究での検証が今後の検討課題として残されている。また、G2032R変異を克服する次世代ROS1阻害薬が開発されているものの、それらの薬剤に対する新たな耐性機序の出現も予測され、継続的な耐性メカニズムの探索と、それらを克服するさらなる治療戦略の開発が今後の研究方向性となる。さらに、剖検で全転移部位にG2032R変異が検出されたことは、治療初期に単一の耐性クローンが選択され、それが全身に転移した「founder clone evolution」の概念を支持するが、Gerlinger et al. NEnglJMed 2012が報告した腫瘍内異質性との関連性についても、さらなる詳細な解析が必要である。

方法

本研究は、48歳女性のCD74-ROS1融合遺伝子陽性進行肺腺癌患者の症例報告に基づいている (ClinicalTrials.gov: NCT00585195)。患者はKRASおよびEGFR変異陰性、ALK転座陰性であることが確認された後、ROS1 FISH陽性およびRT-PCRによりCD74-ROS1融合遺伝子(主要なスプライスフォームとしてexon 6-exon 34、副次的なスプライスフォームとしてexon 6-exon 35)が確認され、crizotinib 250 mgを1日2回投与する治療が開始された。

crizotinib治療により劇的な奏効を示した後、病勢進行が認められ、耐性後の増大病変から生検が実施された。この生検組織と治療前の腫瘍組織からDNAを抽出し、ROS1遺伝子のエクソン34-42領域に対するディープシーケンシング(>10,000リード)および409種類の癌関連遺伝子パネルのエクソンシーケンシングを用いて、耐性変異の探索を行った。患者死亡後には剖検が実施され、右肺、脳、副腎、肝臓、骨、胸膜の6つの転移部位の腫瘍組織および正常肝組織からROS1変異をSangerシーケンシングおよびRT-PCRにより解析し、耐性変異のクローン性を評価した。

同定されたROS1 G2032R変異の機能的意義を評価するため、以下の実験を行った。

  1. 細胞レベルでの薬剤感受性評価: 293T細胞に野生型またはG2032R変異型CD74-ROS1発現プラスミドを一過性に導入し、crizotinibおよびTAE684(ceritinibの前駆体)処理後のROS1リン酸化レベルをウェスタンブロット解析により評価し、IC50値を算出した。
  2. 酵素学的解析: ROS1キナーゼドメイン(アミノ酸残基1934-2232)をSf21細胞で発現・精製し、in vitro酵素アッセイにより、crizotinibに対するKi app値およびATPに対するKm app値を測定した。
  3. X線結晶構造解析: 野生型ROS1キナーゼドメインとcrizotinib複合体のX線結晶構造解析(Worldwide Protein Data Bank entry 3zbf)を2.0 Å分解能で実施し、G2032R変異がcrizotinib結合に与える影響を立体構造学的に解析した。
  4. 細胞形質転換能評価: NIH-3T3細胞を用いたソフトアガーアッセイにより、野生型およびG2032R変異型CD74-ROS1の細胞形質転換能を比較した。

これらの多角的なアプローチにより、G2032R変異がcrizotinib耐性を引き起こす分子メカニズムを包括的に解明した。