• 著者: Howlader N, Forjaz G, Mooradian MJ, Meza R, Kong CY, Cronin KA, Mariotto AB, Lowy DR, Feuer EJ
  • Corresponding author: Nadia Howlader (Surveillance Research Program, Division of Cancer Control and Population Sciences, National Cancer Institute, Bethesda, MD)
  • 雑誌: New England Journal of Medicine
  • 発行年: 2020
  • Epub日: N/A
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 32786189

背景

肺がんは分子生物学的・組織学的に多様なサブタイプから構成される悪性腫瘍であり、非小細胞肺がん (NSCLC) と小細胞肺がん (SCLC) が全症例の約 76% および 13% を占める主要な 2 大組織型である。米国では全体的な肺がん死亡率が低下傾向にあることが知られており、罹患率の年率変化は男性で -2.6% (2011〜2015年)、女性で -1.2% (同期間) であるのに対し、死亡率の年率変化は男性 -4.3% (2012〜2016年)、女性 -3.1% (同期間) と、死亡率の減少が罹患率の低下を上回っている。しかしながら死亡診断書にはがんのサブタイプ情報が記載されないため、死亡統計から直接 NSCLC と SCLC のサブタイプ別死亡率推移を解析することは従来不可能であり、この点に知識のギャップが残されていた。

2000年代以降、NSCLC の治療パラダイムは劇的に変化した。EGFR 変異や ALK 転座などの oncogenic ドライバー変異に対するチロシンキナーゼ阻害薬 (TKI) が開発・承認され、NCCN は 2012 年に非扁平上皮 NSCLC の全例に対して EGFR 変異および ALK 再配列の遺伝子検査を推奨した。例えば、Soria et al. NEnglJMed 2018 は EGFR 変異陽性 NSCLC に対するオシメルチニブの有効性を示し、Sequist et al. JClinOncol 2013 はアファチニブの有効性を報告している。さらに 2015 年には PD-1/PD-L1 経路を標的とした免疫チェックポイント阻害薬 (ニボルマブ、ペムブロリズマブ、アテゾリズマブ) が二次治療薬として FDA 承認された。Borghaei et al. NEnglJMed 2015Brahmer et al. NEnglJMed 2015 はニボルマブの有効性を、Herbst et al. Lancet 2016 はペムブロリズマブの有効性を示している。これらの治療は根治的ではないが (palliative)、特定の患者集団において生存期間を有意に延長することが臨床試験で示されており、人口レベルでの NSCLC 生存率向上への寄与が期待された。一方 SCLC に対しては同期間内に有効な新規治療の上市が乏しく、両サブタイプ間の治療進歩には著しい格差が生じていた。

このような背景から、人口レベルの死亡率改善がどの程度治療進歩によるものか、あるいは喫煙減少に伴う罹患率低下によるものかを定量的に区別して評価する手法の確立が求められていた。特に、死亡診断書のみでは把握できないがんサブタイプ別の死亡率トレンドを正確に評価する新たな枠組みが不足していた。米国 SEER (Surveillance, Epidemiology, and End Results) プログラムが開発した罹患ベース死亡率 (incidence-based mortality, IBM) 法は、SEER 登録がん症例に死亡証明書記録をリンクすることで、肺がん全死亡をサブタイプ別に帰属させることを可能にする。この手法はがん検診効果の評価に既に応用されてきたが、治療効果の人口レベル評価への適用は限られており、この点においてデータが不足していた。本研究はこの手法を NSCLC・SCLC サブタイプ別死亡率評価に初めて体系的に適用した大規模解析であり、従来の死亡診断書ベースのデータでは未解明であったサブタイプ別死亡率の動態を明らかにする点で重要な課題に取り組むものである。

目的

本研究の目的は以下の 3 点である。(1) IBM 法を用いて、2001〜2016 年における米国の NSCLC および SCLC サブタイプ別人口死亡率の経時的推移を性別ごとに定量化する。(2) 肺がん罹患率および診断後生存率の推移を解析し、死亡率変化における罹患率低下 (主として喫煙減少) と治療進歩 (生存率改善) それぞれの寄与を区別する。特に、NSCLC における分子標的治療や免疫療法の導入が人口レベルの死亡率に与える影響を評価することを重視した。(3) IBM 法と死亡診断書ベース死亡統計を比較し、IBM 法の精度優位性を実証する。これにより、死亡診断書のみでは把握できないがんサブタイプ別の死亡率トレンドを正確に評価する新たな枠組みを提示することを目指した。本研究は、臨床試験で示された治療効果が一般集団においてどの程度死亡率に影響を与えているかを、罹患率の変化と生存率の変化を分離して評価することを主眼としている。

結果

NSCLC 死亡率の急速な低下と罹患率超過減少 (男性): 男性の NSCLC 年齢標準化罹患率は 2001〜2008 年に年 -1.9% (95% CI, 1.6-2.2)、2008〜2016 年に年 -3.1% (95% CI, 2.8-3.3) と段階的に加速した。IBM はさらに大幅に低下し、2006〜2013 年に年 -3.2% (95% CI, 2.5-4.0) であったのに対し、2013〜2016 年には年 -6.3% (95% CI, 3.4-9.0, p<0.001) へと急加速した (Figure 3A)。この 2013 年を境とした IBM の加速は、同年に FDA が EGFR-TKI (エルロチニブ) を EGFR 変異 NSCLC のステージ IV 一次治療として承認し、かつ NCCN が 2012 年に全 NSCLC 症例への分子検査を推奨した時期と時間的に一致する。IBM の低下速度が罹患率低下の約 2 倍に達したことは、罹患率低下 (喫煙減少) のみでは説明できない生存率改善の存在を示唆する。2年相対生存率は 2001 年の 26% から 2014 年には 35% へと改善した。

NSCLC 死亡率の低下と生存率改善 (女性および全人種での確認): 女性の NSCLC 罹患率は 2001〜2006 年に横ばいで推移した後、2006〜2016 年に年 -1.5% (95% CI, 1.3-1.7) と低下した。IBM は 2006〜2014 年に年 -2.3% (95% CI, 1.8-2.8) と低下し、2014〜2016 年にはさらに年 -5.9% (95% CI, 1.3-10.2, p<0.001) へ加速した (Figure 3A)。2 年相対生存率の改善は男女ともに顕著であり、男性では 2001 年診断コホートの 26% から 2014 年診断コホートの 35% へ、女性では 35% から 44% へと向上した (Figure 3B)。この生存率改善は白人、黒人、ヒスパニック、アジア系などすべての人種・民族グループで一貫して観察された (Figure 4)。より高価な新規治療薬が医療格差を拡大するとの懸念があったにもかかわらず、全集団での改善が確認されたことは重要な知見である。さらにこの生存率改善はステージシフト (早期診断増加) によるものではなかった:画像診断技術の向上により「ステージ不明」から「特定ステージ」への分類移行は起きたが、late stage から early stage への移行 (早期化) は生じておらず、また 2016 年時点での低線量 CT 肺がんスクリーニングの普及率も低水準であった。

NSCLC 治療進歩による推定死亡遅延数と IBM 法の意義: IBM と罹患率トレンドの乖離から、米国全体で 2014〜2016 年に男性 6,800 例・女性 3,200 例の合計約 10,000 例の肺がん死亡が遅延したと推計された (Supplementary Appendix Figs. S1 and S2)。これは治療進歩の人口影響を直接数量化したものであり、臨床試験の奏効率データを個別患者レベルでは超えた集団レベルの効果として解釈できる。なお、IBM 法の精度評価では、NCHS 死亡証明書ベースの肺がん死亡数が IBM 法を上回っており、その差異の主因として他のがんの肺転移を原発肺がんと誤帰属する事例が確認された。例えば、NCHS データベースにおける 15,866 例の肺がん死亡が SEER 上は非肺がん診断にリンクし、そのうち約 70% は他部位単一原発がん症例であった (Figure 2)。このことから、IBM 法が実際の肺がん死亡をより正確に反映すると考えられる (Figure 1)。

SCLC の死亡率推移:治療進歩なき罹患率依存型の低下: SCLC の IBM と罹患率の推移はほぼ並行しており、IBM の低下が罹患率低下を超える加速は見られなかった。男性では IBM が年 -4.3% (95% CI, 3.7-4.3)、罹患率が年 -3.6% (95% CI, 3.3-3.9) 低下し、女性でも同様のパターンが観察された (Figure 5A)。SCLC の 2 年相対生存率は研究期間 (2001〜2014 年) を通じてほぼ横ばいで、有意な改善は認められなかった (Figure 5B)。SCLC は喫煙への帰属割合と相対リスクが NSCLC 全体より高いため、喫煙減少による罹患率低下が NSCLC より速いことも SCLC の特徴である。SCLC に対してニボルマブ単独・nivolumab+ipilimumab (CheckMate 032) やアテゾリズマブ+化学療法 (IMpower133) などの免疫療法が研究されてきたが、本研究の解析期間中 (2016 年まで) にはこれらの臨床的普及は限定的であり、人口レベルの生存率改善への寄与は確認されなかった。

考察/結論

先行研究との違い: 従来の Annual Report to the Nation on the Status of Cancer は肺・気管支がん全体の死亡率が罹患率より速く低下することを報告していたが、サブタイプ別の帰属分析は行われていなかった。Lewis ら (Cancer 2014) や Meza ら (PLoS One 2015) は NSCLC・SCLC 罹患率トレンドを解析しているが、死亡率との対比には至っていない。本研究はこれらの先行研究を発展させ、IBM 法によって初めて死亡率の組織型別帰属を実現した点で、これまでの研究とは異なるアプローチを採用している。また Siegel et al が 2017 年の肺がん死亡率の大幅低下を報告しているが、そこでは全組織型が混在しており、本研究が示したような NSCLC と SCLC の対照的パターンを識別することはできていない。

新規性: 本研究の独自性は、(a) IBM 法の肺がんサブタイプ別死亡率評価への本格的適用という方法論的貢献、(b) 治療進歩 (EGFR-TKI の 2013 年一次治療承認) が人口統計上で観察可能なシグナルとして現れることを実証した点、(c) 生存率改善がステージシフトやスクリーニング普及によるものではないことを多面的に否定した点、(d) 人種・民族格差への懸念にもかかわらず全集団での改善を確認した点、の 4 点が特に重要な新規の貢献である。IBM 法は将来的に SEER とオンコロジー診療請求データのリンケージが進めば、特定薬剤ごとの人口レベル効果評価にも応用できる可能性がある。本研究で初めて、NSCLC の死亡率低下が罹患率低下を上回る速度で進行し、これが治療進歩に起因することを人口レベルで実証した。

臨床応用可能性: NSCLC に対する分子標的治療・免疫療法の承認と普及が単に臨床試験の奏効率改善にとどまらず、実臨床の一般集団レベルで死亡率低下として計測可能であることが示された。この知見は、今後の新規治療 (KRAS G12C 阻害薬、第三世代 EGFR-TKI、MET 阻害薬など) や肺がんスクリーニング普及の効果を人口レベルでモニタリングする際の基準として重要である。CISNET (Cancer Intervention and Surveillance Modeling Network) 肺がんモデリングコンソーシアムは、非根治的標的治療・免疫療法採用後に背景死亡率が将来的にいつ回帰するかを予測するための自然史モデル構築を進めており、本研究の知見はその基盤データとなる。これは臨床現場における治療戦略の評価と公衆衛生政策の策定に直接的な臨床的意義を持つ。

残された課題: (a) SEER は詳細な治療情報を含まないため、特定薬剤 (EGFR-TKI vs 免疫療法 vs 化学療法) への効果帰属には限界がある。(b) 2013 年以降の IBM 加速の主因として EGFR-TKI 承認を同定したが、2015 年承認の PD-1/PD-L1 阻害薬の貢献を完全に排除することはできない。例えば、Rittmeyer et al. Lancet 2017Horn et al. JClinOncol 2017 が示す免疫療法の効果も考慮する必要がある。(c) 一部の患者が試験的に臨床試験内で早期に免疫療法を受けた影響を定量化できていない。(d) SEER 18 レジストリカバー地区の代表性の問題 (28% カバー)、および転出患者での地理的ミスマッチ (ただし 97.3% が診断州内で死亡)。(e) 喫煙以外のリスク因子変化 (大気汚染など) の寄与を除外できていない。(f) SCLC に関しては、2018 年以降の Horn et al. NEnglJMed 2018 (アテゾリズマブ+化学療法) 承認後の時期が本研究の観察期間外であり、免疫療法の SCLC への人口レベル効果は今後の課題である。

結論:米国一般集団における NSCLC の罹患ベース死亡率は 2013〜2016 年に急速かつ加速的に低下し (男性年 -6.3%)、診断後 2 年生存率も男性 26%→35%、女性 35%→44% と有意に改善した。この改善は全人種・民族グループで認められ、ステージシフトやスクリーニング普及では説明できない。分子標的治療 (とりわけ EGFR-TKI の 2013 年一次治療承認と分子検査の普及) が主要な寄与因子として示唆される。対照的に SCLC の死亡率低下は専ら罹患率低下 (喫煙減少) によるものであり、治療進歩による生存率改善は同期間中には観察されなかった。IBM 法は将来的な新規治療・スクリーニング普及効果の人口レベルモニタリングに有用な分析枠組みを提供する。

方法

対象・データソース: 本研究は retrospective cohort study デザインを採用した。SEER 18 レジストリデータベース (米国人口の約 28% をカバーする 18 がん登録地区) から 2001〜2016 年に浸潤性肺・気管支がんと診断された全症例を抽出した。死亡診断書のみによる診断例や剖検例 (組織型情報不明) は除外した (全肺がん症例の 1.4%)。組織型分類は Lewis ら (Cancer 2014) の基準に準拠し、International Classification of Diseases for Oncology, 3rd Edition (ICD-O-3) 形態コードに基づいて NSCLC (扁平上皮がん、腺がん、大細胞がん、NOS など) と SCLC (ICD-O-3: 8002, 8041〜8045) を定義した。NSCLC の信頼性ある識別は 2001 年以降に可能となったため、本研究の解析期間は 2001 年を起点とした。SEER 登録症例は National Death Index との定期リンケージにより死亡日・死因を追跡しており、転出後の州外死亡も捕捉可能である。

罹患ベース死亡率 (IBM) 法: IBM の分子は SEER 登録の特定腫瘍診断を持つ患者のうちがん特異的死亡数であり、分母は死亡時点での SEER 対象地区の一般人口である。この手法により、死亡診断書上の肺がん死亡を SEER 登録の組織型情報に基づいてサブタイプ別に分類した。IBM 法は、死亡診断書に記載されないがんサブタイプ情報を利用して、人口レベルでのがん特異的死亡率をより正確に推定することを可能にする。この方法は、がん検診の効果評価に用いられてきたが、治療効果の評価への応用は限定的であった。

統計解析: 年齢標準化罹患率および IBM を性別・サブタイプ・暦年別に算出した。Joinpoint 回帰ソフトウェア (version 4.7.0.0) を用いて区分対数線形時系列トレンドを解析し、各区間の年率変化率 (APC) と 95% 信頼区間を推定した (統計的有意差の判定は p<0.05)。この Joinpoint 回帰分析により、罹患率および死亡率トレンドにおける有意な変化点を特定した。診断年次別 2 年相対生存率 (relative survival approach) を性別・サブタイプ別に算出し、治療改善の間接的指標として評価した。また国立保健統計センター (NCHS: National Center for Health Statistics) の死亡証明書ベース死亡数との比較を行い、IBM 法の精度特性を検討した。この比較では、NCHS データが他のがんの肺転移を原発肺がんと誤って分類する可能性を評価した。本研究では、主要なアウトカムとして人口レベルでの死亡率変化を評価し、その変化が罹患率と生存率のどちらに起因するかを統計的に区別することを目的とした。本研究は、特定の臨床試験登録番号 (NCT ID) を持たない観察研究であり、既存のSEERデータを用いたretrospective cohort studyデザインである。