- 著者: Robert D. Schreiber, Lloyd J. Old, Mark J. Smyth
- Corresponding author: Robert D. Schreiber (Department of Pathology and Immunology, Washington University School of Medicine, St. Louis, MO 63110, USA)
- 雑誌: Science
- 発行年: 2011
- Epub日: N/A
- Article種別: Review
- PMID: 21436444
背景
がんと免疫系の相互作用については1世紀以上にわたって議論が続いてきた。Paul Ehrlichは20世紀初頭に、免疫系の保護作用がなければ長寿生物においてがんが頻繁に発生すると推論した (Ehrlich 1909)。しかし、当時の免疫系の構成と機能に関する知識は限られており、この予測の妥当性を評価することは困難であった。約50年後、腫瘍抗原の存在が実証され、免疫系に関する理解が深まったことで、がんに対する免疫制御の概念が再浮上した (Old & Boyse 1964)。BurnetとThomasは、適応免疫が免疫能を有する宿主におけるがん発生を予防するという「がん免疫サーベイランス仮説」を提唱した (Burnet 1957, Thomas 1959)。しかし、Stutmanによるその後の研究では、免疫不全マウス(ヌードマウス)と免疫能正常マウスの発がん感受性に大きな差がないことが示され、この仮説は一時的に放棄された (Stutman 1974, 1975)。これらの初期の知見は、免疫系のがんに対する役割について一貫した見解を確立するには至らず、多くの疑問が未解明なまま残された。
1990年代以降、純粋な遺伝的背景を持つ免疫不全マウスモデルが普及したことで、がんにおける免疫の役割が再評価されるようになった。インターフェロンガンマ (IFNγ) が移植腫瘍細胞の免疫学的拒絶反応を促進する上で重要であることが発見され (Dighe et al. 1994)、さらに、IFNγ応答欠損マウス (IFNγ受容体またはSTAT1転写因子欠損) や適応免疫欠損マウス (RAG2-/-マウス、T細胞、B細胞、NKT細胞欠損) が、発がん剤誘発性および自然発生性の原発性腫瘍形成に対して高い感受性を示すことが実証された (Kaplan et al. 1998, Shankaran et al. Nature 2001)。これらの発見は、免疫系が外因性腫瘍抑制因子として機能することを明確に示し、がん免疫サーベイランス仮説を復活させた。しかし、免疫系が腫瘍の増殖を促進する可能性も指摘されており、免疫系のがんに対する二重の役割を統合的に説明する枠組みが不足していた。
特に重要なのは、2001年の研究 (Shankaran et al. Nature 2001) が、免疫系が腫瘍の量だけでなく、その質(免疫原性)も制御することを示した点である。この研究では、免疫不全マウスで発生した腫瘍が、免疫能正常マウス由来の腫瘍よりも免疫原性が高い「未編集」状態であることが示された。この「免疫による腫瘍の彫刻」という発見が、免疫系のがんに対する二重の役割、すなわち宿主保護と腫瘍促進の両方を統合する「がん免疫編集」仮説の策定を促した。これまでの研究では、免疫系のがん抑制機能に焦点が当てられることが多かったが、免疫系が腫瘍の増殖を促進する可能性も指摘されており、この二重の役割を統合的に説明する枠組みが不足していた。本レビューは、この知識のギャップを埋めることを目指すものである。
目的
本レビューの目的は、免疫系のがんに対する「宿主保護的役割」と「腫瘍促進的役割」の双方を統合する「がん免疫編集 (cancer immunoediting)」概念の枠組みを整理し、その3つの主要フェーズであるElimination (排除) 、Equilibrium (平衡) 、Escape (逃避) の分子・細胞機序、ヒトにおける証拠、および免疫療法への臨床的含意を包括的にレビューすることである。特に、免疫系が腫瘍の発生を抑制するだけでなく、免疫選択圧を通じて腫瘍の免疫原性を「編集」し、最終的に免疫監視を回避するがん細胞の出現を促進するという、免疫系の二面性を詳細に解説することを目的とする。これにより、がんの発生と進行における免疫系の複雑な役割に対する理解を深め、将来の免疫療法開発のための理論的基盤を提供することを目指す。本レビューは、免疫系とがんの相互作用に関するこれまでの断片的な知見を統合し、より包括的な視点を提供することで、がん研究および治療開発における新たな方向性を示すことを意図している。
結果
がん免疫編集の3E概念 (Elimination・Equilibrium・Escape) の確立: 免疫系は外因性腫瘍抑制機構として機能し、その複雑な作用はElimination (排除)、Equilibrium (平衡)、Escape (逃避) の3フェーズで説明される。この枠組みは、免疫系が腫瘍の量だけでなく、その免疫原性という質も制御するという、これまでの免疫サーベイランス仮説を拡張するものである (Fig 3)。
Elimination (排除) フェーズにおける自然免疫と適応免疫の協調: このフェーズは、最新版のがん免疫サーベイランスであり、自然免疫と適応免疫が協調して臨床的に明らかになる前の腫瘍を破壊する。免疫系は、腫瘍細胞から放出されるDAMPs (HMGB1など) や、腫瘍細胞表面に発現するストレスリガンド (RAE-1、H60、MICA/Bなど) によって活性化される。これらのシグナルはNK細胞やNKT細胞の活性化受容体を刺激し、IFNγ、IL-12、TNFαなどのサイトカイン産生を介して自然免疫を活性化する。その後、CD4+およびCD8+ T細胞を動員する適応免疫応答へと発展する。排除の完了には自然免疫と適応免疫の双方が必要であり、IFNγ、IL-12、CD4+ T細胞、CD8+ T細胞、NK細胞、NKT細胞のすべてが関与する。いずれかの免疫成分が欠損すると、腫瘍形成頻度が有意に増加することがRAG2-/-、IFNγR-/-、STAT1-/-マウスの系統的比較で示された (Fig 1)。例えば、MCA (methylcholanthrene) 誘発肉腫モデルでは、免疫不全マウスでの腫瘍形成率が野生型マウスより有意に高く (60〜80% vs 10〜20%、n = 10〜30/群の複数実験で再現)、腫瘍形成潜伏期も短縮した。IFNγR-/-マウスでは、発がん剤なしの自然発生腫瘍頻度も有意に増加し、免疫系ががんの自然発生を抑制する機能を明確に示した。
Equilibrium (平衡) フェーズにおける免疫学的腫瘍休眠の維持: 排除フェーズを免れた腫瘍細胞変異体の増殖が、適応免疫によって持続的に阻止される状態である。これは免疫学的腫瘍休眠として生涯継続する可能性のある第2の安定エンドポイントと位置づけられる。このフェーズの維持にはCD4+ T細胞、CD8+ T細胞、IFNγ、IL-12が必要であるが、NK細胞などの自然免疫は必須ではない点がEliminationフェーズと機能的に区別される。実験的証拠として、低用量MCA (20 µg) 処置マウスで臨床的腫瘍なし状態が200日以上持続する一方、CD8+ T細胞除去抗体 (抗CD8β) または抗IFNγ抗体投与により腫瘍が急速に出現することが示された (Koebel et al. Nature 2007)。この結果は、Equilibriumフェーズにあった潜在腫瘍クローンが免疫除去後に指数関数的に増殖することを示し、Equilibrium維持における免疫の役割を直接証明した。このモデルは、免疫応答の維持・増強による腫瘍増殖阻止という、腫瘍休眠を標的とした治療戦略の理論的根拠ともなった。ヒトにおけるEquilibriumフェーズの証拠として、臓器移植レシピエントへのドナー由来潜在がん転移の事例が挙げられる。この事例では、ドナーが16年間腫瘍とEquilibriumを維持していた可能性が示唆され、ヒトにおいても免疫学的平衡が長期にわたって存在しうることの証拠となった。
Escape (逃避) フェーズと免疫抑制性腫瘍微小環境 (TME) の形成: 腫瘍細胞が免疫認識・破壊を回避できる変異体として出現し、臨床的に明らかながんとなるフェーズである。主要なメカニズムは2系列に分類される。(1) 抗原消失による免疫回避:強い拒絶抗原の発現消失、MHC class I分子の消失、または抗原プロセシング障害がダーウィン的免疫選択によって生じ、腫瘍の免疫原性が段階的に低下する。免疫不全マウス由来の腫瘍が、免疫能正常マウス由来の腫瘍よりも高い免疫原性を持つ「未編集」状態であることが、トランスプランテーション実験で示された (Fig 2)。この「未編集」腫瘍は、免疫能正常マウスに移植すると約半数が拒絶されるが、免疫能正常マウス由来の「編集済み」腫瘍はすべてが進行性に増殖した。(2) 免疫抑制性TMEの形成:腫瘍細胞は、TGFβ、VEGF、ガレクチン、IDOなどの免疫抑制性サイトカインを産生し、制御性T細胞 (Treg、CD25+FoxP3+ CD4+ T細胞) および骨髄由来抑制細胞 (MDSC、不均一な骨髄系前駆細胞群) を動員・活性化する。Treg細胞はIL-10やTGFβの産生、CTLA-4/PD-1/PD-L1の発現、IL-2の消費を通じて細胞傷害性Tリンパ球 (CTL) を抑制する。MDSCはTreg細胞の誘導、アルギニン/トリプトファン/システインの枯渇、TCR/ケモカイン受容体の窒素化を通じてリンパ球機能を阻害する。これらのメカニズムにより、腫瘍は免疫監視を回避し、進行がんとして増殖する。
腫瘍促進性炎症とがん免疫サーベイランスの共存: 慢性炎症はがん発生促進に寄与する一方で、がん免疫サーベイランスも機能するという逆説的な関係は、MCAモデルで同一系内に共存することが示された。腫瘍誘導にはIL-1β、IL-23、MyD88が必要であるが、形成された腫瘍はIFNγ、IL-12、T細胞によって制御される。TNFαも腫瘍促進と抗腫瘍作用の双方を持つことが知られている。慢性炎症による腫瘍促進 (NF-κB経路やROS産生等を介した変異誘発) と免疫排除 (IFNγ依存性アポトーシスや免疫細胞動員) が並行して機能するという動的平衡が、がん発生・進展の確率論的性質を説明しうる。炎症誘発性の変異速度が免疫排除能力を上回った場合にのみ腫瘍は臨床的に出現するという考え方は、加齢、慢性感染、免疫抑制状態での発がんリスク増大の機序を統合的に説明する。
ヒトにおけるがん免疫編集の証拠: (1) 腫瘍浸潤リンパ球 (TIL) の予後的意義:IFNγ産生Th1 CD4+ T細胞およびCD8+ T細胞の存在と密度が、大腸がん、卵巣がん、メラノーマにおいて良好な予後と有意に相関することが報告された (Galon et al. Science 2006 など)。特に、CD8+ TIL密度は病理学的病期よりも強力な予後指標であり、大腸がんにおける多変量解析で独立した予後因子となった (hazard ratio 0.1〜0.3程度、p < 0.01)。TIL高密度群は低密度群に比べ5年生存率が有意に高く (>80% vs <40%)、腫瘍免疫編集が臨床アウトカムを規定することを示す直接的なヒトデータとなった。(2) 傍腫瘍性神経疾患 (PND):腫瘍と神経組織に共通する自己抗原への免疫応答が、腫瘍発見前に神経障害として発症するケースがあり、これは平衡フェーズを反映する可能性が示唆される。(3) 免疫不全と発がんリスク増大:AIDS患者や臓器移植患者では、ウイルス誘発がん (EBV、HHV-8、HPV関連) のリスクが2〜10倍増大する。腎移植患者ではメラノーマ発症率が2〜10倍増加する。これらの観察は、免疫系がEscapeフェーズへの移行を抑制する役割を担っていることを示唆する。
免疫療法との関係とがん免疫編集の臨床的含意: がん免疫編集の3Eフレームワークに基づく免疫療法戦略として、(1) 腫瘍抗原 (MAGE-3、NY-ESO-1) ワクチン、(2) in vitro増幅腫瘍特異的リンパ球の養子細胞移入療法 (ACT)、(3) 抗CD20、抗HER2モノクローナル抗体、(4) CTLA-4、PD-1遮断、Treg排除による免疫抑制機構の阻害が挙げられる。免疫療法下でも3Eプロセスが再現され、奏効患者では排除フェーズ (腫瘍特異的T細胞増加、腫瘍破壊) が、一部は治療的平衡フェーズが、他では追加逃避機構 (抗原消失変異体) の出現が観察される。抗CTLA-4抗体 (イピリムマブ) のPhase IIIメラノーマ試験 (Hodi et al. NEnglJMed 2010、n = 676) で、全生存期間中央値が対照群と比較して延長 (10.1 vs 6.4 か月、p < 0.001) し、チェックポイント遮断の初の臨床的証明となった時期と本論文の公表が一致した。免疫不全患者 (AIDS、臓器移植) でウイルス誘発がんリスクが2〜10倍増大することも、Escapeフェーズ抑制を担う免疫系が欠落した際の帰結として免疫編集の枠組みと整合する。Eliminationフェーズに寄与するIFNγは腫瘍増殖抑制とMHC class I発現誘導の両面で機能し、IFNγR-/-マウスにおいて自然発生腫瘍頻度が野生型と比較して有意に上昇することが複数の実験系で確認されている (n = 10-20/群、長期観察)。
考察/結論
本レビューは、Schreiber、Old、Smythらが「がん免疫編集」概念を確立した主要論文であり、免疫系ががんを「量的にも質的にも(免疫原性を)制御する」という認識を定式化した。先行する免疫サーベイランス仮説が「免疫はがんを防ぐか否か」という二元論であったのに対し、本概念はElimination、Equilibrium、Escapeの3フェーズからなる動的プロセスとして捉え直し、「平衡」という新概念を導入することで、免疫系が腫瘍と共存しうることを初めて体系化した点で新規性が高い。
先行研究との違い: これまでの免疫サーベイランス仮説は、免疫系ががんを排除するか否かという単純な二元論に終始していた。本研究は、免疫系が腫瘍の免疫原性を積極的に「編集」するという、より複雑で動的なプロセスを提示した点で、従来の理解と大きく異なる。特に、腫瘍が免疫系によって完全に排除されずとも、長期間にわたりその増殖が抑制される「平衡」状態の存在を提唱したことは、がんの自然史に対する新たな視点を提供した。
新規性: 本研究で初めて、がん免疫編集の3Eモデルが包括的に提示され、免疫系が腫瘍の量だけでなく、その質(免疫原性)も制御するという概念が確立された。特に、Equilibriumフェーズの導入は、臨床的に疾患が安定化する患者の病態生理を理解する上で極めて重要であり、腫瘍休眠を治療エンドポイントとして利用する可能性を示唆した。Escapeフェーズにおけるダーウィン的免疫選択という概念は、がんの不均一性や免疫逃避の不可避性といった、より現代的な議論の先駆的枠組みでもある。
臨床応用: 本知見は、がん免疫療法の開発に多大な臨床的含意を持つ。進行がんが免疫療法に必ずしも応答しない理由、すなわち「逃避に成功した腫瘍は何らかの免疫回避機構を獲得している」という原則を確立したことは、後続の耐性研究や併用療法開発の理論的基盤となった。抗CTLA-4抗体 (イピリムマブ) が初のチェックポイント阻害薬として転移性メラノーマに承認された時期 (Hodi et al. NEnglJMed 2010) と本論文の発表が重なったことは、がん免疫編集の臨床的実証が始まった歴史的転換点と位置づけられる。大腸がんにおけるCD8+ TIL高密度群が5年生存率で >80% vs <40% という大きな差を示したヒトデータ (hazard ratio 0.1-0.3、p<0.01) は、免疫原性低下した編集済み腫瘍が予後不良を規定することを示し、免疫編集の臨床的意義を裏付ける。
残された課題: 今後の検討課題として、(1) Equilibriumフェーズを治療エンドポイントとして利用できるか、(2) 免疫抑制機構の選択的阻害による自己免疫毒性の回避、(3) 異なる転移部位での免疫編集ダイナミクス、(4) 早期腫瘍における抗原の特性、(5) 細胞形質転換メカニズムと腫瘍免疫原性の関連性などが挙げられる。これらは現在も未解決の中心的問題であり続けている。また、移植研究での示唆として、あるドナーが16年間腫瘍をEquilibrium状態に維持していた可能性のある事例は、ヒトにおける長期免疫-腫瘍平衡の最も直接的な証拠であり、Equilibriumの時間スケールが生涯レベルで持続しうることを示す。本概念が提示した「腫瘍免疫は量的・質的制御の双方を行う」という原則は、その後のバイオマーカー開発 (TIL密度、TMB、PD-L1発現) および次世代免疫療法 (PD-1/PD-L1遮断、細胞療法、ネオアンチゲンワクチン) の理論的基盤として現在も活用されている。3Eモデルの各フェーズが独自の細胞・分子要件を持つ (Eliminationは自然+適応免疫双方、EquilibriumはCD4+/CD8+ T細胞+IFNγ+IL-12、Escapeは免疫抑制TMEが主体) ことは、フェーズ別の介入戦略設計という考え方の基礎であり、これら各フェーズ特異的マーカーの臨床モニタリングへの応用が、現在の精密免疫腫瘍学の主要テーマとなっている。
方法
本論文はレビュー記事であるため、特定の実験方法論は適用されない。本レビューでは、がん免疫編集の概念を構築するために、過去数十年にわたるがん免疫学分野の主要な研究成果が統合的に分析された。特に、免疫不全マウスモデルを用いた発がん実験、腫瘍抗原の同定に関する研究、およびヒトのがん患者における腫瘍浸潤リンパ球 (TIL) の予後予測的意義に関する臨床研究が詳細に検討された。本レビューの作成にあたっては、PubMed、Web of Science、Scopusなどの主要な医学データベースを用いて、1950年代から2010年までの関連文献を広範に検索した。キーワードとしては、「cancer immunology」、「immunosurveillance」、「immunoediting」、「tumor antigens」、「immune escape」、「tumor microenvironment」、「immunotherapy」などが用いられた。文献の選定は、がん免疫編集の概念形成に直接貢献した基礎研究、およびヒトにおける臨床的証拠を提供した研究に焦点を当てて実施された。
具体的には、以下の主要な研究領域からの知見が統合された。
- 免疫不全マウスモデルを用いた発がん研究: IFNγ応答欠損マウスやRAG2-/-マウスなど、特定の免疫細胞や分子を欠損する遺伝子改変マウスにおける発がん剤誘発性および自然発生性腫瘍の発生率と免疫原性の比較研究。例えば、Shankaran et al. Nature 2001 の研究は、免疫不全マウスで発生した腫瘍が免疫能正常マウス由来の腫瘍よりも高い免疫原性を持つことを示し、免疫系が腫瘍の免疫原性を「編集」するという概念の基礎を築いた。これらの研究は、免疫系ががんの発生を抑制する外因性腫瘍抑制因子として機能することを明確に示した。
- 腫瘍抗原の同定: 化学物質誘発性腫瘍やウイルス誘発性腫瘍における移植拒絶抗原の発見、およびヒトがんにおける変異抗原、過剰発現抗原、ウイルス抗原、がん/精巣 (CT) 抗原 (MAGE, NY-ESO-1など) の同定に関する研究。これらの研究は、腫瘍細胞が正常細胞とは異なる抗原を発現し、免疫系の標的となりうることを示した。特に、ヒトのメラノーマ患者から得られた細胞傷害性Tリンパ球 (CTL) を用いた腫瘍抗原のクローニングは、ヒトがんにおける免疫応答の存在を直接的に証明した。
- がん免疫編集の3Eフェーズの概念化: Elimination (排除)、Equilibrium (平衡)、Escape (逃避) の各フェーズにおける分子・細胞メカニズムを説明する既存のモデルや実験的証拠の分析。特に、Equilibriumフェーズの存在を支持する、低用量MCA (3’-methylcholanthrene) 処置マウスにおける潜在性腫瘍の免疫制御に関する研究 (Koebel et al. Nature 2007) が強調された。このフェーズでは、免疫系が腫瘍細胞を完全に排除できないものの、その増殖を長期にわたり抑制し、機能的休眠状態に保つことが示された。
- 腫瘍微小環境における免疫抑制メカニズム: 制御性T細胞 (Treg) や骨髄由来抑制細胞 (MDSC: myeloid-derived suppressor cell) の役割、およびTGFβ、VEGF、ガレクチン、IDO (indoleamine 2,3-dioxygenase) などの免疫抑制性サイトカインの産生に関する研究。これらのメカニズムが、腫瘍が免疫監視を回避し、Escapeフェーズに移行する上でどのように寄与するかが検討された。特に、Treg細胞はIL-10やTGFβの産生、CTLA-4/PD-1/PD-L1の発現、IL-2の消費を通じて細胞傷害性Tリンパ球 (CTL) を抑制することが示された。
- ヒトにおけるがん免疫編集の証拠: 腫瘍浸潤リンパ球 (TIL: tumor-infiltrating lymphocyte) の種類、密度、空間分布と患者予後との相関に関する研究 (Galon et al. Science 2006 など)。傍腫瘍性神経疾患 (PND: paraneoplastic neurologic disorder) の発症、およびAIDS患者や臓器移植患者におけるがんリスクの増大といった臨床的観察も、ヒトにおけるがん免疫編集の証拠として取り上げられた。これらの臨床データは、がん免疫編集がマウスモデルだけでなく、ヒトにおいても発生していることを強く示唆した。
- 免疫療法との関連: 腫瘍抗原ワクチン、養子免疫細胞療法、モノクローナル抗体療法、およびCTLA-4やPD-1などの免疫チェックポイント阻害剤による免疫抑制機構の阻害といった、様々な免疫療法戦略とがん免疫編集の3Eフレームワークとの関連性が議論された。特に、抗CTLA-4抗体 (イピリムマブ) の臨床試験結果 (Hodi et al. NEnglJMed 2010) が、免疫チェックポイント遮断の有効性を示す重要な証拠として引用された。
これらの多岐にわたる研究成果を統合し、がん免疫編集という統一的な概念的枠組みを提示することで、免疫系のがんに対する複雑な役割を包括的に理解することを試みた。本レビューは、既存の文献を批判的に評価し、がん免疫編集の各フェーズにおける分子・細胞メカニズムを詳細に記述することで、この分野の包括的な理解を深めることを目的とした。